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第32話 宣誓の元に ~ 帰還 ~ 2/7
気づけば、暗い道をアスミはただひたすらに歩き続けていた。
見回せば、周りにもたくさんの人が歩いている。
皆、一様に押し黙ったまま。ただ黙々と歩き続けている。
どこへ向かっているのか、何を目指しているかも、分からないまま。
向こう側が見えない程に広い道を、おびただしい数の人たちが、渋滞の列をなしている。
そしてその中に、自分がいる。
ああ、自分は死を迎えたのだと、アスミは自分の死を受け入れていた。
十分に満足のいく生を終えることができたのだ。
まだ多少は生きたいと思う気持ちはあったものの、死に対しての恐怖は感じてはいなかった。
それでも、果てしなく続くように思える道と、その道を埋め尽くすように押し黙って歩き続ける人の群れに。
怖い。
そう感じたとたん。
アスミの左手が柔らかな温もりに包まれた。
まるでそれは、誰かがアスミの手を引いて導いてくれているような。
けれども、アスミのすぐ左にいるのは、見知らぬ人。
そして、左手は誰とも接触はしていない。
『俺は待ってるから。この、ルームαで』
ふいに思い浮かんだ夢の中の男の言葉に、アスミは思った。
(もしかしたら、この先にあるのかしら?ルームαという場所が)
やがて、黙々と歩き続けてようやく見えてきた緩やかな渋滞の先から、何やら声が聞こえてきた。
『G-3。次、C-5。次、現世戻り。次、H-8……えっ?H-8だよ、地獄だよ、地獄。なに?納得できない?!じゃあ……w、は一杯だし、zも埋まってるから……カウンセリングルームα行って!はい次、D-6……』
(カウンセリングルームαっ?!)
聞こえてきた言葉に、アスミは心臓が飛び跳ねるような感覚を覚えた。……もう心臓など、とっくに止まっているだろうに、と苦笑を浮かべながら。
だが気のせいか、左手の温もりが、先ほどよりも一段と熱を帯びている。
(『ルームα』というのはきっと、『カウンセリングルームα』のことね。だとしたら、私はそこへ行かなければ)
ゆるゆると渋滞を進み、やがて渋滞の先頭に辿り着いたアスミに、強面の男が行き先を告げる。
「おっ、お前天国な」
「えっ……」
「さ、早いとこ行った!次」
「待ってくださいっ!」
さっさと次の人に行き先を告げようとする強面男の腕を掴み、アスミは必死に訴える。
「私はどうしても、『カウンセリングルームα』という所へ行かなければならないのですっ!そこで私を待っている人がいるのですっ!」
「はっ?カウンセリングルームα?どうしてマーシュ様がお前を?」
強面の男が、アスミの腕を振り払いながら怪訝そうな顔を向けた時。
「ギーガル。それはあたしが預かるわ」
男の後方にある門から、1人の女性が現れた。
褐色の肌に暗褐色のロングストレートの髪。
頭には2本のツノ。
(おっ……オニっ?!)
息を飲むアスミに、女性がニコリと笑いかける。
「さ、こちらへ」
鬼の女性は大きな緋色の吊り目をしていたが、ふっくらした頬のせいか、それほどキツい印象は無い。
(ここはもしかして、地獄、なのかしら……だからオニが?でも、このオニさんはそれほど恐ろしい感じは、しないのだけれど……)
そんなことを思いながら、アスミは差し出された女性の手に、恐る恐る右手を乗せた。
「ちょっ、ナズナっ!本当にいいのかよ。人間だぞ?それ」
「ええ、もちろん。奥にお連れするように言われてきたの」
「えぇっ?!」
「あっ。このこと、マーシュには内緒にしておいてね」
「それはいいけど」
「それから、しばらくはルームαへ魂を送らないで。ほらほら、渋滞してる。早く捌かないと」
「分かってるよ、まったく……はい次、B-2。次、F-6。次、A-3。次、現世戻り……」
呆然として言葉もなく立ちつくしていたアスミに再度笑いかけると、
「さ、行きましょうか」
と声をかけ、ナズナと呼ばれた鬼の女性は、奥の建物へと向かってアスミを連れて歩き出す。
「ねぇ、あなた」
「はいっ」
ナズナに声を掛けられ、アスミは全身に緊張を走らせる。
そんなアスミの様子を可笑しそうに見ながら、ナズナは尋ねた。
「悔いの無い人生を、送ることができた?」
「えっ?あ、はい。お陰さまで、概ねは」
「そう、良かったわ」
「えっ?」
「これからあなたを閻魔大王の元へお連れします。まぁ、あなたなら大丈夫だとは思うけれども……あなたの思いを正直に、閻魔様へ話してね」
「閻魔様っ?!私、生前なにか悪い事でもっ」
「違うわ。だってあなたは、天国行きと判定されたのよ?」
やはり笑いながら、ナズナはアスミを見る。
「普通の人間なら、喜んで天国へ行くわ。なのになぜ、あなたは『カウンセリングルームα』に拘ったの?」
「……それは」
「ストップ。その答えを聞くのは、あたしじゃないわね。大丈夫よ、あなたはそのままで。閻魔様は、お優しい方。怖くはないから安心して」
「……はい」
黒がベースの建物内。
あちらこちらに様々な色が配色された廊下を、アスミはナズナに手を引かれて歩いた。
「ねぇ、あなたの好きな色は?」
「赤、ですが」
「そ」
唐突なナズナの質問に、戸惑いながらもアスミは答える。
生まれ変わっても変わらないのね、好きな色って。
ナズナのそんな小さな呟きが、アスミの耳に微かに届いた。
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