第37話 宣誓の元に ~ 帰還 ~ 7/7

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第37話 宣誓の元に ~ 帰還 ~ 7/7

 マーシュに問われずとも、自身の望みなどエマには分かりきっていた。  そうでなければ、今ここに、自分がいるはずがないのだ。  そしてそれは、マーシュにだって分かっているはず。 「意地が悪いな、マーシュは」 「ん?」 「答えなど、聞かずとも分かっているだろうに」 「言わなきゃ伝わらない想いだって、あるだろう?」 「それはマーシュが、鈍感、だからか?」 「はぁっ?……わっ!」  体ごと、ぶつかるように抱きついてきたエマの体を、マーシュは驚きながらもしっかりと抱きとめた。  その体は、小刻みに震えている。 「エマ?」 「ここで生きたい。わたしはここで、マーシュと共に生きたい」 「……うん」  震える体を宥めるように、マーシュはそっと、エマの体を抱きしめる。 「だが、アスミさんの、わたしの後に生きた人の記憶を犠牲にしてまで自分の願いを叶えたいとは、思っていなかったんだ。アスミさんは自分の記憶を持ったまま天国に行くことだってできた。わたしはその道を絶ってしまった。だからこそ今、ここに居る。こうして、マーシュのところへ戻ってくることができた。もしアスミさんが天国へ行く道を選んでしまったら、わたしはもう二度と、マーシュの所へ戻ってくることなどできなかっただろう。ここへ戻ってこられた事は、嬉しい。マーシュの所へ戻ってこられた事は、本当に嬉しい。だがやはりわたしは……同じくらい苦しいんだ、マーシュ。苦しいんだ……」  マーシュに縋りつくエマの手の力の強さが、助けてと、救いを求めるエマの心の傷の深さをそのまま表しているようで。 「その苦しさ、俺も一緒に背負うよ、エマ」 「これは、わたしの……」 「共に生きるって、そういう事だろ?」 「マーシュ……」  ようやくマーシュの胸から顔を上げたエマの瞳は、溢れ出した涙が反射する光で眩しいほどに輝いている。 「おっ。エマの泣き顔、初めて見たな」 「ばっ……こんな時になにをっ」 「おっと」  再び伏せようとするエマの顔を両手で持ち上げると、マーシュは宝ものを見つけた子供のような、無邪気な笑顔を見せた。 「もっと見せて、エマ。俺、いろんなエマを見たいよ」 「まっ、マーシュっ!わたしは『私情を挟むことなく、このルームαの主として、わたしに判定をくだしてほしい』とお願いしたはずだがっ?!」 「……あぁ」  慌てふためくエマに可笑しそうに吹き出しながら、マーシュは言った。 「判定は、俺の妻」 「……はっ?!」 「ま、今すぐに、とは言わないけど」 「あっ、当たり前だっ!それにっ、私情しかない判定をするなっ!」  見る見るうちに、マーシュの手に包まれたエマの顔が朱に染まり始める。 「仕方が無いだろう?俺にだって感情はある」  ニヤリと笑うと、マーシュはエマの顔から離した手で、その体を強く抱きしめた。 「おかえり、エマ」 「……ただいま、マーシュ」  マーシュの背に回した腕から。  包み込まれた全身から。  伝わってくるマーシュの温もりが、アスミへの懺悔の思いで膨れ上がっていたエマの苦しみを和らげてくれる。  そして。  戻るべき場所へ戻ってこられた安堵に、エマはやっと、心からの笑顔を浮かべた。 「やはり、マーシュの淹れる紅茶は美味しいな」 「それはどうも」  鼻腔をくすぐる香りは、現世から調達していた紅茶と遜色無い香り。  冥界産の紅茶を口にしたエマは、その味わい深さに目を閉じ、余韻に浸っている。 「エマ?」 「なんだ?」 「大丈夫か?」 「なにが?」  心配そうな声のマーシュに目を開けると、すぐ目の前に赤い瞳。 「ちっ、近過ぎるぞっ、マーシュっ!」 「悪い……って、これくらいでいちいち驚かれても、なぁ……で、大丈夫か?体は、なんともないか?」  冥界産の紅茶を口にしたエマは、もはや冥界の住人。  なにか思いもよらない変化が体に起こってしまうのではないかと、心配顔のマーシュに、すぐそばから声がかかった。 「大丈夫よ、なんの心配もないわ」  声と共に姿を現したのは、大きな緋色の吊り目が特徴の、褐色の肌の女性。 「あっ、ナズナ!」 「ふふっ、ようこそ、冥界(こちらの世界)へ。これから宜しくね、エマ」 「こちらこそ」 「なんだ?いつの間に仲良くなったんだ?」 「あれっ?気になる?知りたい?」 「そりゃ、まぁ」  意味ありげに微笑むナズナに、マーシュは答えるが。 「教えな~い!」  と言うなり、ナズナは楽しそうな笑い声をあげる。 「ったく、なんなんだよ……」  とマーシュが毒づいていると。 「マーシュ、この紅茶美味しいね。これ、どこの……」  の言葉と共に姿を現したのは、テラ。 「えっ……嘘でしょ、エマっ?!ほんとに、エマっ?!あっ!僕エマに会っちゃダメなんだっけ?!」  喜びながらも慌てふためくテラが身に着けていたのは、天国の住人の証であるいつもの白いローブではなく、サファイアブルーのローブ。 「テラ、お前もしかして……」  サッと顔色を変えたマーシュが、恐る恐るテラに尋ねる。 「この紅茶、飲んだの、か?」 「うん、そうだけど。って、今そんな話してる場合じゃ」 「そんな話している場合なんだよっ!」  愕然とした顔で、マーシュがボソリと呟いた。 「やべぇ……天国の住人、冥界の住人にしちまった……」 「えっ?!」  マーシュの言葉に、ナズナも顔色を変える。 「そうか。テラもわたしと同じ、冥界の住人になったのだな。テラ、久しぶり。会いたかった!」  その場に横たわる微妙な空気もどこ吹く風と、エマは嬉しさに顔を綻ばせながら、テラの元に駆け寄り、腕を広げてテラの体を抱きしめる。 「僕も、僕も会いたかったよー、エマっ!……っていうか、僕もうエマに会ってもいいの?大丈夫?!」  喜びを爆発させるエマと、喜びながらも戸惑いを隠せないテラ。  同じような顔をした双子の抱擁を呆然と眺めながら、マーシュは内心頭を抱えていた。 「これ、ちょっと問題……よね?」 「ちょっとどころじゃ、ねぇかも。前代未聞の事態だからな」 「でもほら、別にマーシュが無理やり飲ませた訳じゃないし」 「それはそうだが」 「なんか、テラ(本人)も喜んでるみたいだし?」 「……あぁぁぁっ、親父になんて説明すりゃいいんだっ!」 「ドンマイっ!なんなら、あたしも口添えしてあげるから、さ。今はただ素直に、エマの帰還を喜びなさいよ。ね?」 「……だな」  はぁっ、と大きなため息をひとつ。  マーシュは大股でテラの元へと歩み寄り、エマとテラを引きはがす。 「おいこら、テラ。エマは俺の恋人だ。いや、婚約者だ。俺の許可なく気安く触るな」 「なんだよ、マーシュのケチー!そんなんじゃ、エマに嫌われるよ?」 「そんなことは」 「わたしはケチは好きではない」 「なっ、エマっ?!」 「あらー、残念ね、マーシュ。さっそく嫌われちゃって」  ふふふっ、と。  漆黒の瞳を細め、嬉しそうに楽しそうに微笑むエマ。  その手には、小さく折りたたまれたアスミからの手紙が、しっかりと握られている。  真っ白な冥界カウンセリングルームα。  そこにはしばらくの間、4つの楽しそうな笑い声が響いていた。
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