声と出会い

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 そんなことを考えていた矢先、早速「変化」が訪れた。  それは、ホームルームが終わりに差し掛かった時、加藤の突然の一言によって知らされた。 「えー、新学期一発目のホームルームを終える前に、突然だが転校生を紹介する」  来た。  恐らくほとんどの高校生がクラス替えと同じくらいに楽しみにしているイベントだ。  僕からしたらそれは嫌いな“変化”に該当するため全くもって楽しみではないのだが、クラスは一気にざわめきだし、お決まりの予想大会が始まっていた。  男か女か、美男か美女か、そんなことを周囲は話している。  壱は興味なさそうな僕を無理やり巻き込むかのように右隣からわき腹を小突いて、 「アキトは?男か女どっちだと思う?」 と聞いてきた。  心底どうでもよかったから、ありのままにどうでもいいと言ったら、 「決めなきゃアイスおごり、外れてもアイスおごり」というので、 無条件におごらされるのを癪に思い、女とだけ答えた。  必然的に壱は男予想となり、加藤が転校生を連れてくるまでの間お互いに何のアイスがいいか決めた。  三分ほどすると、加藤ともう一人の足音が教室の前まで来て止まった。  ざわめいていた教室は一気に静かになり、僕以外の皆が固唾をのんでいた。  一方僕はというと、馬鹿らしいと思いながら窓の外を眺めたのだが、せいぜい壱がどのようなリアクションをするのかくらいは気にしていたと思う。  ガラガラと扉が開く音と同時に足音が二つ、教室に入ってくる。  それぞれが違う反応を示し、壱は「くっそー」と小声で悔しがる。  音だけで明確に周りの状況がわかるのが面白くて口元が少し緩んだ。  加藤の紹介によると、彼女の名は冬野ミラというらしい。  自己紹介を促され、二歩前に出る。  そして、 「初めまして、冬野未羅です。」  ここで思考が停止して、突然何が起きているのかわからなくなった。  まるで時間が止まったようだった。  僕は確かにこの声を知っている。あの夢の声に似ている。  放った言葉こそ違うが、確かに同じ声音をしている。  そんなことほんとにあり得るのか。  気づいたら声の主のほうを向いていた。  そこには全く見覚えのない女性が立っていた。  髪は漆黒という言葉がよく似合い、肩まで伸びたミディアムヘアで、肌は透き通るように白く、そのコントラストはまるで白黒映画から飛び出してきたのではないかと思わせる。  顔立ちは整っていて、かわいいというより美人と呼ぶ方がふさわしい切れ長な目元に僕は魅せられていた。  いや、僕だけではなくこの場にいる皆が魅了されているのではないだろうか。  ただ彼女と目が合ったのは、おそらく僕だけだろう。  彼女は、僕が彼女の方を向いたとき心なしか少し驚いたような気がするが、すぐ真正面に向き直ってしまった。  気のせいだろうか。  彼女、冬野は少し息を吸うと、 「岐阜県から来ました。 もうすでにクラスの輪ができているのは知っているので少し緊張しますが、私も早くその輪の中に入りたいと思っています。 この辺りの地形とかよく知らないので、おすすめの場所とか教えてくれると嬉しいです。 よろしくお願いします」  とあどけなさが残る声で言った。  やはり似ている。  ほんとにこんなことが起こるなんてにわかにも信じがたい。  そしてもし仮にあの夢が壱の言った通りに予知夢だとしたら、彼女は僕に親しげに話しかけていたので、この先僕と冬野は何か親しい関係になるというになる。  それが一番信じられなかった。  周りの反応はというと、もちろんみな大歓迎だった。  自然と拍手が起こり、担任が「みんな仲良くするように」とかいう隙も与えないくらいの熱気で冬野を迎えていた。  初めて教室に入って一分も経っていないのに、そのクラスで約半年過ごしている僕よりクラスに馴染んでいる。  感心すると同時に少し虚しさを覚えた。  やはりこのような文質彬彬な人が僕の人生に入り込んでくるとはないだろう。  冬野が太陽なら、僕は月だ。  このように例えると、何か特別な縁があるように感じるが、そんなことはない。  冬野と僕は常に真逆にいて、その二人の線が交差することはおそらく一生ないのだろう。  平行に並んだ線が二つ、角度を変えることなく、ただただ何処までも続くだけだ。 視線はいつの間にかまた窓の外に向いていた。  確かに、知らない声を実際に出会う前に夢で聞いたという現象は不思議な出来事だが、ただそれだけに過ぎない。  世の中には解明されていないことがたくさんあるし、そもそも確かに似ているが、そうだと確信できる証拠は何もない。  加えて、人間はむやみに不思議な体験を重要な何かと結びつけようとするが、それは良くない習慣だと思う。  今回は“自分が変わるための何か”ではなかったらしい。  結局、新学期初日はほとんど窓の外を眺めるだけで、ペンすらまともに持たずに終了した。  もちろん帰りは壱にアイスを奢らせた。
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