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「よろしいですね。けっして民と言葉を交えてはなりませんよ。触れ合うことなどもってのほか。貴女は神子——〈神の子〉なのですから。そのことを、ゆめゆめお忘れなきよう」  今日も昨日と同じ。  幼い少女を前に、女性神官は、同じ表情で同じ言葉を繰り返す。 「はい、わかっています」  少女もまた、昨日と同じように頷いた。  首を振った際、金冠の両端から垂れ下がった飾りが、しゃらりと揺れる。薄紅を差したあどけない唇が、慣れたように笑みを象った。  目が灼けそうなほどの赤地に、金色の刺繍がふんだんに施された装束。両の手首や指には、豪奢な腕輪や指輪が光っている。  年不相応にも見える風采だが、これが少女の——ターリアの正装なのだ。 「では、ターリア様。支度が整いましたら、礼拝の間へ」  抑揚のない女性神官の声が、無機質な空間に再度反響した。  ここは、神殿内部に設けられたターリアの自室。彼女は一日に二回、自室と礼拝の間との往復を強いられる。  白い髪に赤い瞳。白磁を彷彿とさせる薄色の肌。  民の多くが褐色の肌と黒い瞳を有するこの国では、彼女はまさに異色の存在だった。  いわば、この小さな国において、彼女のこの特異な容姿こそ、彼女が〈神の子〉たる所以なのである。 「ターリア様、お願いです! 娘の病気を治してください!」 「穀物が不作で……雨を……どうか雨を……!」  今日もまた、ターリアに救いを求めた人々が神殿に押し寄せる。冷たい床に擦りつけるように頭を下げる。  彼女に祈りを捧げるそのために、彼らはこの場所にやってくるのだ。けっして安くはない対価までも支払って。 「……」  彼女は言葉を発しない。祝詞をあげることもなく、黙々と自身の前に跪いた者の頭上に手を翳す。  神子として初めてここに座した日からずっと、彼女は一日も欠かすことなく自身の務めを果たしてきた。 「ありがとうございました……!」  祈り終えた人々は、皆一様に安堵した様子でターリアの前を去ってゆく。  祈りが届けばターリアのおかげ、届かなければ、それは信心が足りなかったせいだと自責する。 「……」  今日も昨日と同じ。  毎日が、同じことの繰り返し。  ターリアが〈神の子〉として、この神殿に生を受けたのは十四年前のこと。物心ついたときには、彼女はすでに神子として祀られていた。  ——貴女には、貴女をお産みになった神の力が備わっているのです。  そう、教えられた。  ——貴女の存在が、民に希望を与えているのですよ。  そう、告げられた。  ターリア自身、神官たちの言葉が嘘だとは思っていない。外界から完全に隔離された彼女にとっては、この神殿で起こる事象だけが真実なのだ。  自分は〈神の子〉。自分には、民を救う力がある。……けれど、実のところ、彼女の心は揺れていた。  今から遡ること三年前。  彼との出会いが、彼女の運命に、大きなうねりをもたらした。
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