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 あのあとすぐ、駆けつけた師団兵の誘導のもと、ふたりは神殿の外へ出た。まだ半日しか経っていないというのに、一週間分の体力を消耗した気分だ。  外には、神殿を包囲するように複数の兵士たちが待機しており、皆一様に安堵の表情を浮かべていた。  それもそのはず。  この国に潜入するまで、アステルはこの師団の長として彼らを率いていた。つまり、彼らは皆、アステルの直属の部下たちなのだ。 「ずっとわたしのこと、探してくれてたの?」  こんなにも重要そうな地位を不在にしてまで自分のことを……そう考えると、とたんに申し訳なさが込み上げてきた。  そんなターリアに対し、ふわりと微笑むと、アステルは無言で彼女の頭を撫でた。  気にすんな。  翠色(すいしょく)とも碧色(へきしょく)ともとれる双眸が、そう語っている。  ふたりが軍医から簡易な診察を受けているあいだ、着々と帰還の準備は進められた。とはいえ、数名はこのままとどまり、国王陛下の指示に則した諸々の処理を行ったのちに帰国するのだそう。  誘拐された赤子も無事に保護され、各国に売られてしまった歴代の神子たちも、すでに何名かは発見されているらしい。  時間はかかるだろうが、きっと好転するはずだ。 「大丈夫か?」 「……うん」  ひと足先に乗り込んだ馬車の中。  神子という呪縛から解き放たれたターリアだが、その顔は翳っていた。  無理もない。一度にたくさんのことが起こり過ぎたため、頭や気持ちの整理が追いつかないのだ。 「……お母さんに、どんな顔して会えばいいのかな。いまさら会って、ちゃんと家族になれるかな」 「んなこと心配しなくていい。親子なんだ。……何年経ったって、どんだけ離れてたって、あいつはお前の母親なんだから」 「アステル、わたしのお母さんのこと知ってるの?」 「ああ、よく知ってる」 「どんな人?」 「お前によく似てるよ。顔も性格も」  初めてターリアを見たとき、あまりにも子どものころの彼女に酷似していたため、言葉を失った。そして、名前こそ変わってしまっていたが、絶対にこの子だと確信した。  ターリアの母親とアステルは、母親同士が姉妹の従姉弟(いとこ)。ゆえに、アステルにとって、ターリアは従姪(じゅうてつ)にあたる。  黙っていてもいずれはわかることだろうが、今はまだこの関係を告白するつもりはない。 「アステル様! 帰還の用意が整いました!」 「おっ、ご苦労さん」 「すぐにでも出発いたしますか?」 「ん? いや、お前らのタイミングでいい。任せる」 「了解いたしました!」  何も急ぐ必要などない。  時間は、たっぷりあるのだから。  「さて、と。晴れてお互い自由の身になったわけだが……何かやりたいことあるか?」  アステルの問いかけに、ターリアは思案を巡らせる。まさか、もう一度自分の意思を問われることになるなんて、夢にも思わなかった。  悩みに悩んだすえ、うっすらと頬を染めた彼女が出した答え。  それは—— 「……お肉、食べてみたいな」  彼があの日話してくれたことや、そのとき感じた想いは、生涯忘れることはないだろう。  食べ物にかぎらず、彼が故郷で見聞きしたものを、自分も一緒に共有したい。  感謝して、尊んで、泣いて、笑って。  その感動を、自分の言葉で紡ぎたい。  彼と一緒に、生きてゆきたい——。  ふたりの頭上に広がる、どこまでも澄んだ蒼穹。  その彼方に、きらりとひとつ。  星が、輝いた。  〈END〉
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