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◇
「よろしいですね。けっして民と言葉を交えてはなりませんよ。触れ合うことなどもってのほか。貴女は神子——〈神の子〉なのですから。そのことを、ゆめゆめお忘れなきよう」
今日も昨日と同じ。
幼い少女を前に、女性神官は、同じ表情で同じ言葉を繰り返す。
「はい、わかっています」
少女もまた、昨日と同じように頷いた。
首を振った際、金冠の両端から垂れ下がった飾りが、しゃらりと揺れる。薄紅を差したあどけない唇が、慣れたように笑みを象った。
目が灼けそうなほどの赤地に、金色の刺繍がふんだんに施された装束。両の手首や指には、豪奢な腕輪や指輪が光っている。
年不相応にも見える風采だが、これが少女の——ターリアの正装なのだ。
「では、ターリア様。支度が整いましたら、礼拝の間へ」
抑揚のない女性神官の声が、無機質な空間に再度反響した。
ここは、神殿内部に設けられたターリアの自室。彼女は一日に二回、自室と礼拝の間との往復を強いられる。
白い髪に赤い瞳。白磁を彷彿とさせる薄色の肌。
民の多くが褐色の肌と黒い瞳を有するこの国では、彼女はまさに異色の存在だった。
いわば、この小さな国において、彼女のこの特異な容姿こそ、彼女が〈神の子〉たる所以なのである。
「ターリア様、お願いです! 娘の病気を治してください!」
「穀物が不作で……雨を……どうか雨を……!」
今日もまた、ターリアに救いを求めた人々が神殿に押し寄せる。冷たい床に擦りつけるように頭を下げる。
彼女に祈りを捧げるそのために、彼らはこの場所にやってくるのだ。けっして安くはない対価までも支払って。
「……」
彼女は言葉を発しない。祝詞をあげることもなく、黙々と自身の前に跪いた者の頭上に手を翳す。
神子として初めてここに座した日からずっと、彼女は一日も欠かすことなく自身の務めを果たしてきた。
「ありがとうございました……!」
祈り終えた人々は、皆一様に安堵した様子でターリアの前を去ってゆく。
祈りが届けばターリアのおかげ、届かなければ、それは信心が足りなかったせいだと自責する。
「……」
今日も昨日と同じ。
毎日が、同じことの繰り返し。
ターリアが〈神の子〉として、この神殿に生を受けたのは十四年前のこと。物心ついたときには、彼女はすでに神子として祀られていた。
——貴女には、貴女をお産みになった神の力が備わっているのです。
そう、教えられた。
——貴女の存在が、民に希望を与えているのですよ。
そう、告げられた。
ターリア自身、神官たちの言葉が嘘だとは思っていない。外界から完全に隔離された彼女にとっては、この神殿で起こる事象だけが真実なのだ。
自分は〈神の子〉。自分には、民を救う力がある。……けれど、実のところ、彼女の心は揺れていた。
今から遡ること三年前。
彼との出会いが、彼女の運命に、大きなうねりをもたらした。
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