1人が本棚に入れています
本棚に追加
そうです! 全国的に夏休みなのです!!
2023年8月。今、日本は全国的に夏休みです。
そう。楽しい夏休みなのです!
私は今、小学五年生という人生で一回しかない夏休みを過ごしています。
夏休みと言えば、青い海、眩しい太陽、かき氷、スイカ、メロン、キャンプ、涼しいクーラーの効いたお部屋、夜更かし、花火、おじいちゃんおばあちゃんからのお盆玉です。(カブトムシ、クワガタという意見もありますが私は虫が苦手なので省きます。Gだなんてもっての外です)
しかし、それだけではないのです。
楽しいものだけではなく、恐ろしいものもあるのです。
お化け?
稲川淳二の怪談?(パパは怖いと言っていましたが私は知りません)
いやいや、違います。それに私はもう小学五年生なのでお化けは怖くありません。それは子供が怖がるものであり、私のような大人のレディは怖がらないのです。(同級生の女子の中には怖がっている子もいるようですが……お子様なので仕方ありません。それを見守るのもレディの務めです)
もっと恐ろしいものがあるのです。
それは夏休みの後半になればなるほど恐ろしさが増してきます。毎年、たくさんの小学生が苦しめられています。
神様に祈っても無駄です。
そう。全くの無駄なのです。
それどころかその取扱いを誤ると普段は優しいママですら鬼の形相になる場合もあるのです。
ここまで来ると察しの良い方はもうお気づきでしょう。
その恐ろしいものの正体とは一体何か?
そうです。「夏休みの宿題」なのです!!
なんという理不尽なのでしょう! 「〇〇休み」という単語の後ろには必ずと言っても良いほど「~の宿題」が付くのです。
「あおによし」の後ろは「奈良」です。
「ちはやふる」の後ろは「神」か「宇治」です。
それと同じなのです。なんという凄い発見なのでしょう。文学的な発見です。いや大発見なのです。
早速この大発見を夏休みの最大の難関である自由研究の成果として纏めてママに見せたところ、「いい加減にしなさい」というコメントを得ることができました。
端的に言って失敗です。
このようにして「夏休みの宿題」は多くの小学生の平穏で楽しい夏休みを脅かすのです。
でも私は許します。そう、今日はそのような理不尽を許します。なぜならこれから夏休みの中でも大きなイベントである「夏祭り」に出かけるからなのです。
浴衣はおばあちゃんが作ってくれたものを着用します。
友達とはSNSで連絡済みです。(男子は誘っていません。小学五年生の男子は私たち女子からすると「ガキ」そのものなのですから)
お小遣いは少し足りないのですが、パパに話すと「ママには内緒」と、こっそり英世さんを渡してくれました。(このような活動を世間では「パパ活」というそうですね?)
複数の野口英世さんを目の当たりにすると思わず笑みがこぼれます。
いけない。いけない。こんなことで悦に入っている場合ではありません。友達との約束の時間が迫っています。
待ち合わせの時間に間に合うように家を出発します。
目指すは座敷童を祀っている近所の「わらし神社」です。たくさんの出店が軒を連ねます。子供の神様なのでご利益もあります。(私は大人のレディなのでその効能がないかもしれませんが……)
出店が並ぶお祭りの光景を思い浮かべるだけで気分が高揚してくるのがわかります。
玄関を出ると夕陽で影が長くなっており、夜の気配を感じさせます。それが「これから夜の出店で遊ぶぞー」という非日常感を否応なしに刺激するのです。
楽しそうな出店を素通りして(後でちゃんと遊びに来るので大丈夫です)神社の境内を登ります。そこには手水台があり、その裏手に小さな祠があります。何の神様が祀られているのかはわかりませんが、私はいつもその小さな祠にドングリをお供えして祈ることにしています。
いつから始めた事なのか。誰かのマネをしているのか。それすらも忘れていますが、今日もドングリをお供えします。
「今日もみんなと楽しく過ごせますように……」
信仰心が篤いわけではありませんが、目を閉じて手を合わせると気持ちが落ち着きます。今日は特にフワフワした気持ちになっています。
体が軽くなったような……
そんな事はありません。
錯覚です。行き詰ってしまった自由研究の事を忘れて思いっきり羽を伸ばすのです。人生一回きりの小学五年生の夏休みなのです。そのような気持ちが私を浮つかせている。その心象が体が軽くなったという錯覚を引き起こしたのでしょう。
「よし!」
気合いを入れて目を空けます。
するとどうでしょう。先ほどまでうるさいまでに鳴いていた蝉の声や祭り特有の盛り上がった雰囲気が全くありません。
それどころか私の身体は宙に浮いているではありませんか。周囲を見渡すと雲の上にいるようです。テレビで見た富士山の雲海そのものです。
夢かと思い、ほっぺたを抓ってみます。(ベタですが……)
痛い! 痛い!!……普通に痛いです。
「そこにおられましたか、座敷童のコウメ殿。どこに行っていたのですか? 開廷の時間はもうすぐです。ささ、中にお入りください」
振り向くとそこには髭を生やした怖いおじさんが立っている。これはテレビで見たことがあります。「落ち武者」という戦国時代の幽霊です。いや、今日はお祭りなのでそのコスプレに間違いありません。
私が可愛すぎるが故にイベント参加者と誤解しているようです。ここははっきりと言っておかなければなりません。
「すみません、おじさん。私はイベント参加者ではありません」
「おじさんって……。私は毘沙門天です。冗談はそれぐらいにして中に入りますよ。今回の弁護団代表はコウメ殿なのですから」
全然分かってもらえません。完全に人違いだと言うのに。
とりあえずおじさん……「ビシャモンテン」さんの言う通りに立派な建物の中に入ることにします。この建物は社会の教科書に載っている「裁判所」の形に良く似ています。
中に入り、待合室のようなところに案内されます。
扉の向こうからはザワザワとした声が聞こえてきます。今日はお祭りのはずですから私は思いもかけずに社務所に入ってしまったのかもしれません。
「コウメ殿、しばしお待ちください。また後でお呼びします。開廷前にこの資料に目を通しておいてください」
ビシャモンテンさんはそう言うと分厚いファイルを置いて、どこかへ行ってしまいました。
困ったことになりました。私はお祭りのイベント参加者(大人びているのでイベントスタッフの方かもしれませんが)に間違われてしまっているようです。
次にビシャモンテンさんに会った時にははっきりと言わなければなりません。それに友達との待ち合わせ時間も迫っています。浴衣に合わせた可愛い色合いの巾着袋からスマホを取り出し時間を確認します。
あれ? 圏外?
神社だからWi-Fiがないのは理解していますが……現代日本で「圏外」なんて地域があるのでしょうか? 地下鉄の駅でもそんな事はありません。
とりあえずスマホを巾着袋に戻します。すると中に小石のような手応えがあります。ドングリです。さきほどお供えしたドングリが入っています。
「……」
どこからか声が聞こえるような……
「……ここだよ~……」
ホラーです。これは完全なるホラーです。今日は暑かったので熱中症気味なのかもしれません。それに宿題を頑張り過ぎたので疲れが出たのでしょう。きっとそうです。疲れからくる幻聴です。
「……だから、ここだよ~……」
疲れからくる幻聴なのです。
「……気付いてよ~……ここだよ~……」
幻聴……
「……ここだってばぁ~……」
幻……聴……
「……お~い……」
「ぴえpltkmんbcx!!!」
あまりの怖さに声にならない悲鳴を上げてしまいました。声は巾着袋の中から聞こえて来るようで思わず投げ出してしまいます。痛たたた……
尻もちもついてしまいました……グス……
こんな時でも大人のレディは泣いてはいけません。冷静に対処しなくてはいけないのです。(今回は無理かもしれません……グス……グス……)
尻もちをついた時に巾着袋を落としてしまいました。スマホが入っているので慌てて中身を確認します。画面は……異状なしです!
しかし、中からドングリが飛び出してしまいました。
そのドングリから浴衣を着た女の子の3Dホログラム映像が出ています。常識を逸していることは承知していますが、お化けではないことにほっとしているのも事実です。(足があることは確認できています)
「ふぅ、やっと出られた……えっと、こんにちは! あたしは座敷童のコウメちゃんだよ。仲良くしてね!」
「あ……えっと……私は……カノコと言いますです」
「カノコちゃんか。かわいい名前だね。突然なんだけどお願いがあるんだ。いいかな?」
「うん。内容によるけど……」
「だよねぇ~♪」
そう言うとコウメちゃん(座敷童?)は説明を始める。
コウメちゃんの話によるとコウメちゃんは「わらし神社」で祀られている座敷童らしい。そしてはここは「神界」と呼ばれる文字通り世界の神様たちの世界。今日は不定期で実施している神様による人類に対する裁判である「人類存亡裁判(控訴審)」の日であるとのことです。
なぜコウメちゃんが3Dホログラム映像姿なのかというと「宮司さんが本殿である手水台裏の祠のことを忘れており、そのためお参りしてくれる人が減って霊力? ていうか神力? が弱まっているからだよ~」と教えてくれました。「でもカノコちゃんがドングリをお供えしてくれていたからなんとか3Dホログラム映像の姿を維持できているんだ。ありがとねカノコちゃん」とのことです。素直に照れます。
「で、お願いって何かな? コウメちゃん」
「話の流れからなんとなく察しがついているとは思うんだけど……」
控訴審の裁判は日本で実施されることになり、検察側は四大天使、そして弁護側は日本の神様たちであり、代表は座敷童のコウメちゃんとのことです。そこまでは教えてもらいました。「ビシャモンテン」さんも同じようなことを言っていたような気がします。
「さっきも言ったけど神力が下がっていて姿を維持できないんだ。だからお願い! カノコちゃんがあたしの振りをして弁護団代表をやって!!」
「は!?……」
人生で初めて低い方の「は」が出てしまいました。
最初のコメントを投稿しよう!