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中編 デート
慎吾くんとの付き合いが始まった。
周りは驚いていたけど、何も言わなかった。私が慎吾くんのことを好きなのを知っていたからだ。
応援してくれていた友達も喜んでくれた。
……私が、惚れ薬なんか使って慎吾くんの心を動かしたなんで知ったら、軽蔑するだろう。だから絶対言えない……。
香澄ちゃんは何も言わないけど、目が真っ赤だった。家で泣いているのだと分かっていた。
ごめんね、香澄ちゃん。あなたには転校生の男の子がいるから、慎吾くんは私に譲って。
……最低だな私。
慎吾くんとの付き合いは順調だったけど、時々違和感を感じることがあった。
話す内容が子供っぽい。
特に驚いたのが「一番星に願いをすると叶う」という話だった。
そんな話、五年生でする?
付き合う前に話をしている時は、もっと五年生らしい話をして、話し方も大人っぽかったのに、今は年下の子に話しかけるように、いちいち噛み砕いて話をしてくる。
どうしてなのだろう?
付き合って一カ月。ショッピングモールに行くことになった。
二人が夏休み中に行ったと聞いたから、私が希望した。香澄ちゃんとの思い出を、私との思い出に変えて欲しいから……。
「あ、このシュシュ可愛いと思うよ」
「え?ありがとう……」
シュシュなんて知ってるんだ。
「あ、このスカートなら『見せパン』履かなくていいんじゃない?」
『見せパン』とは、スカートを履くときに下着が見えないように履く短いスパッツのこと。
そして慎吾くんが選んだスカートは、中に短いズボンが付いてある『スカッツ』と呼ばれるスカートだった。これ一枚で下着を隠せる。
……慎吾くん、そんなことまで知ってるの。
「私は見せパンは履かないよ……」
私は姿勢に気を付けてるし、階段登る時だって抑えている。何よりダサいから。
「どうして?姫乃ちゃんが言っていたんだよ。女の子は身を守るのが嗜みだって」
私が?言ってない。
……あ。
『あんなに短いスカート履いて、転けたらどうするんだよ!』
前に怒っていたことを思い出した。
……香澄ちゃんから聞いたんだ。
私は白や黒の大人っぽい服や髪飾りが好き。……こうゆう可愛いらしいのは嫌……。
今日の服装もそうなのに、何故違うのばかり勧めるのだろう?気遣い出来る慎吾くんなら、私の服装から分かりそうなのに……。
「あ!ウサウサがいっぱいあるよ!」
「ウサウサ!?いや、さすがに……!」
慎吾くんは、うさぎのキャラクターが並んでいる棚に嬉しそうに向かう。
ウサウサ。これは幼稚園から低学年の子が好きな、うさぎのキャラクター。さすがに五年生で喜んだりはしない。
でも、慎吾くんは嬉しそうに見ている。
……さすがに分かるよ。慎吾くんの好みじゃないってことぐらい……。
シュシュもスカートもウサウサも、香澄ちゃんの好きな物なのだろう。
惚れ薬使っても、慎吾くんは私じゃなくて香澄ちゃんを見ている……。
話し方や話す内容が変わったのも、好きな人……、つまり香澄ちゃんに接する態度に変わったから。
人の心の根本は、薬では変わらないということか……。
私の目は醒めた。
これ以上続けても虚しいだけ。……慎吾くんを戻してもらおう。
……あれ?この薬いつまで効くの?解く薬は?
その瞬間、私は事の重大さに気付いた。私は解き方を知らない。
「……帰ろう……」
「え?」
「ごめんなさい!具合悪くて……!」
私は、無理矢理デートを終わらせた。
これ以上、慎吾くんを振り回してはいけない。早く、惚れ薬の効果を解かないといけない。
私は自分のスマホを出した。
「惚れ薬 解き方」と検索しても、映画やアニメの話が出てきたり、作り方は書いてあっても解き方は書いてなかった。
次はあの「惚れ薬」について調べてみた。
確かに購入サイトで怪しい物は売っていたけど、私が慎吾くんに飲ませた瓶は見当たらなかった。
八方塞がりだ。
どうしよう、誰にも相談出来ない。
友達にこんな卑劣な手段で慎吾くんの心を手に入れたなんて言えるはずもない。
どうしよう、どうしよう……。
悩んでも解決の糸口は見つからなかった。行き着いた考えは一つ。
もう、藁にもすがる思いで慎吾くんを呼び出した。
「体調は大丈夫?」
「……ごめんなさい。あなたは私を好きじゃない!」
ありのままを伝えて、自覚してもらうこと。それしかなかった……。
「何言ってるの?俺は姫乃ちゃんが好きだよ」
「……ごめんなさい!私、慎吾くんに惚れ薬を飲ませたの!だから私を好きだと思い込んでいるだけなの!」
それから、何度も謝り、空瓶を見せて惚れ薬のせいだと話した。でも、どれだけ話しても慎吾くんは納得しなかった。
だから私は別の角度で話し始めた。
「私のどこが好き?」
「え?よく笑って、怒って、泣くところかな?何にも一生懸命だし、可愛い物が好きなところ」
慎吾くんは笑って話す。
── 本当の意味で人の心は操れない……と言うことなのだと痛感した。
「……違う、これは私じゃない。私はあまり表情に出さないし、なんでも簡単にできるから一生懸命になれない。可愛らしいものは好きじゃないし、ウサウサは幼稚園で卒業した。……慎吾くんが好きなのは香澄ちゃんだよ……」
「え?……確かに香澄は可愛い物、ウサウサが好きだ。でも俺が香澄を?」
慎吾くんは混乱しているようだ。
やっぱり薬を解かないといけない。でもどうしたら良いの?
私は夜空を見つめる。
── 一番星に願いを込めたら叶う。
慎吾くんは言っていたけど、本当なのかな?
私は、手の指と指を交差させ目を閉じる。
お願いします。全て元に戻して下さい。慎吾くんを元に戻して下さい。なんでもしますから……。
当然ながら何も起こらなかった。
私は泣いた。どうしようもないぐらいに。そして、いつの間にか眠ってしまっていた。
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