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後編 姫乃の決意
『姫乃ちゃん……、姫乃ちゃん……』
「誰?」
暗い中で、誰かが私に語りかける。
『私は星の精霊。あなたの願いを聞きにきたの』
「え?うそ!……いや、そんな訳ないよね?都合の良い夢を見ているだけだよね?」
『うーん、まあ普通その反応よね?それはそうと、願い聞いたけど本当に戻してしまって良いの?』
「戻せるの!……お願い戻して!」
『そうすると、慎吾くんは香澄ちゃんの元に戻ってしまうわよ?本当に良いの?』
星の精霊という人に聞かれ、一瞬ためらってしまう。
確かに慎吾くんは、香澄ちゃんを好きなことを思い出し戻っていくだろう。それが嫌で、惚れ薬を使った。でも……。
「経験して分かったけど、こんな風に好きになってもらっても嬉しくないよ。慎吾くんは表面上では私を好きだけど、心の奥は好きな相手を求めている。慎吾くんが見ているのは私ではない、香澄ちゃんだった……」
そう、薬は表面の好きな感情を操るだけ……。根本的な感情は変わらない……。
そして、これも経験して分かったことだけど、もし私の中身まで好きになってくれても、それは薬の力。本心ではない。そんなの虚しいだけ……。
『そっか……、そうよね。分かった、惚れ薬の効き目を失くす「魔法の薬」をあげる。……でもね、姫乃ちゃんが「本心で慎吾くんに戻って欲しい」と強く願わないと効かないからね?』
「え?」
『魔法は願いによってかけられるもの。だから解く時は、叶えたい時以上の願いを込めないといけないの』
ズキン。
私の胸が痛くなった。
全てを元に戻すことを、心から願えるだろうか?あの日常に……。
『覚悟が決まったら慎吾くんに飲んでもらってね。チャンスは一度だから……』
「待って!」
『大丈夫、姫乃ちゃんなら決められるから……』
目が覚める。私はいつの間にか眠ってしまったみたいで朝になっていた。
不思議な夢を見たと思ったけど、手には見覚えのない小瓶があった。
「これ、薬!……星の精霊さん……、まさか本物!」
でも、願えるかな?本心じゃないと薬は効かない。チャンスは一度だけ……。
「おはよう、姫乃ちゃん」
今までは私から慎吾くんの元まで行かないと、話ができなかったけど、今は慎吾くんから来てくれる。
元に戻してしまったら、そうゆうこともなくなるだろう。
私は、本当にそれで良いのだろうか?この期に、及んでもまだ決心が着かなかった。
私は、香澄ちゃんを見た。
香澄ちゃんは、慎吾くんを悲しい目で見ていた。側に別の男の子がいても、他の女の子と付き合っても、香澄ちゃんは慎吾くんが好きなんだ。
私は慎吾くんだけじゃなく、香澄ちゃんも傷つけていたのだと思い直した。
昼休み、私は慎吾くんを中庭に呼びだした。
「慎吾くん、今までごめんね」
「どうしたの?」
「私、やっと覚悟決まったの」
「何の?」
「この薬飲んでくれない?」
私は、魔法の薬が入った小瓶を慎吾くんに渡す。
「何、これ?」
「惚れ薬の効果を失くす薬だよ」
「だから俺は、姫乃ちゃんが本心から好きなのに……」
「じゃあ、薬飲んで。慎吾くんが幸せになれる薬だから……」
私は、泣くの堪えて話す。本当はこのままが良いけど、それは間違っているから。
「分かったよ」
慎吾くんは、小瓶の蓋を開けて飲む。
だから、私は願わないといけない。チャンスは一度きりなんだから。
── お願いします。慎吾くんを元に戻して下さい。人の心を無理矢理捻じ曲げても、幸せにはなれない。相手も、相手の好きな人も傷つけてしまった。だからお願い、全て元に戻して下さい。
私が、そう願うと慎吾くんの体が光った。
周りは気付いていないみたいで、私だけが見えているようだった。
「……あれ?姫乃ちゃん?」
「慎吾くん、大丈夫?」
「俺、どうしたんだっけ?」
目を見れば分かる。……もう、私のこと好きではないと……。
「良かった……。本当に……」
「どうしたの?」
「なんでもないの」
私は、泣くの我慢する。
「姫乃ちゃん?大丈夫?」
「……それより香澄ちゃんは?」
「あ!そうだった!あいつから守らないと!ごめん、俺行くね!」
「……うん。またね……」
慎吾くんは、教室に向かって走り出す。
その後は、魔法の薬のおかげなのか、私と慎吾くんが付き合っていたことはみんな知らずに、全てが元通りになっていた。
当然、慎吾くんも私と付き合ったことや、一緒にショッピングモールに行ったことすら覚えておらず、全ては私の記憶の中だけだった。
全てが元に戻り、いつも通り、慎吾くんと香澄ちゃんが一緒にいる姿に私は教室を飛び出す。
「これで良かったんだよね?星の精霊さん……」
私はずっと苦しんでいる。惚れ薬を使う前とは比にならないぐらいずっと……。
この苦しさは、惚れ薬を使った代償。無理矢理、人の気持ちを動かし、偽りの愛を一時的に手に入れてしまったのだから……。
私は、空になった小瓶を見て、涙が溢れてきた。我慢しないと。人前で泣くなんて私じゃない。
「……姫乃、よく頑張ったね」
その声に振り返ると友達二人がいた。
その表情から、全てを知っていてくれているようだった。
「どうして知っているの?」
「夢でね、姫乃が苦しみながら決断した姿を見たから……」
……星の精霊さんが、二人にだけは事実を教えてくれたのだと思った。
「うわあああん」
私は友達二人の前で泣いてしまい、二人は優しく抱きしめてくれた。
やっと私は、この苦しみを吐き出すことが出来た。
ありがとう、星の精霊さん。もう自分を見失わないから……。
空になった小瓶はただ、美しく輝いていた。まるで、夜空に光る星々のように……。
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