前編 片思いの日常

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前編 片思いの日常

── 私の恋は、(つぼみ)のまま開花しない運命だった。 私は、渡辺姫乃(わたなべひめの)。第一小学生に通う五年生。 同じクラスの渡辺慎吾(わたなべしんご)くんが好き。 同じ苗字なんて運命を感じてしまっている。でも……。 「きゃあ!」 「また、転けそうになってるのか!全く、香澄(かすみ)はおっちょこちょいなんだから!」 慎吾くんには幼馴染の女の子がいる。二人は気付いていないけど、両思いなんだよね……。 こんな不毛な恋が始まったのは、五年生になったばかりの頃だった。 カラン。 「あ!」 授業中に、二つ前の席の子、香澄ちゃんが鉛筆を落としてしまい、一つ前の慎吾くんが拾っていた。 わざわざ、折れた鉛筆を手動の鉛筆削りで削って渡していた。 「ん」 「あ、ありがとう」 「別に……」 また別の時は……。 バシャ。 「あー!」 二つ前の子が、絵の具の水を床に溢してしまった。 オロオロしている子を対し、雑巾で素早く掃除していた。 しかも、新しい水まで汲んできて、溢してしまった子に渡す。 「ん」 「ありがとう」 「……別に」 どうして優しい言葉をかけてあげないのだろう?そう思いつつ、一カ月が過ぎた。 この日は理科の実験で、顕微鏡を使う練習だった。 「あれ?えっと」 香澄ちゃんが困っていたから、私は使い方を説明した。 でも、余計に混乱してしまったみたいで表情がどんどん強張っていく。 「……俺やる……」 そう言い、慎吾くんが初めてしまう。 ……ひどい、香澄ちゃん頑張ってやってるのに。待ってあげたら良いのに! 正直苛ついた。 でも……。 「姫乃ちゃん、ごめん、教えてやってくれない?」 慎吾くんが香澄ちゃんに顕微鏡を渡す。 「……あ、うん」 香澄ちゃんはゆっくりだったけど出来た。 そっか、言葉で説明されても分かっていなかったから、お手本見せてあげたんだ。実験は苗字順と決まっていて、香澄ちゃん一番だったから……。 ── あ、優しい人だ。 やっと気付いた。 「慎吾くん!」 授業が終わり私は慎吾くんの元に行く。苛ついた態度を取ってしまったから謝りたかった。 「さっきはありがとう。あいつ、不器用だから。また教えてやってくれないかな?」 話し方も考えも優しい。 その後、慎吾くんを見ると、やっぱり誰に対しても優しくて、物腰も柔らかい。 ……じゃあなんで香澄ちゃんにだけ、あんな態度なんだろう? 私は考えても分からず、体育の鉄棒の時間、友達に聞いた。 「あの二人、幼馴染らしくて仲良いから」 「嘘!……全然話さないのに?」 「でも見てたら分かるよねー?」 友達二人は笑う。 私は慎吾くんを見る。その視線の先には……。 「きゃー!」 鉄棒から落ちる、香澄ちゃんがいた。 「大丈夫か!」 先生は香澄ちゃんに駆け寄る。 「はい。……あれ?痛くないから大丈夫でーす!」 「え?確かにケガしてないな。良かったー」 そのやり取りを、慎吾くんはヒヤヒヤした目で見ていた。 ズキン。 胸が痛んだ。 ── あ、好きなんだ。 私は二つの恋に気付いた。 一つは、慎吾くんは香澄ちゃんが好きだという事。 そして二つ目は、私はいつの間にか慎吾くんを好きになってしまっていた事だった。 なんでよりによってあの子?しっかりものの慎吾くんと、全然釣り合ってないじゃない? だったら振り向かせてやる。 そう決意した。 まずは気軽に話せる仲にした。 慎吾くんはスポ少で野球をしている。だから野球の勉強をしたし、好きなゲーム、カードも覚えて話せるようにした。 少し距離が近付いたと思っていた、そんな夏休み前のある日。 「おはよう!昨日の試合見た?最後の……」 慎吾くんの好きなチームが逆転優勝したのに、喜んでおらず、うわの空だった。 「あ、ごめん……」 あれ?慎吾くん、怒ってる?珍しい……。 その視線の先は香澄ちゃんだった。 あ、香澄ちゃんがスカート履いてる。いつもはズボンだよね? 慎吾くんは、チラチラ見ては目を逸らす。 そんな時、女子の会話が聞こえてきた。 「このスカート、慎吾くん何か言ってた?」 「かわいいとか!」 「違うから!」 それを聞いていた慎吾くんの友達は、慎吾くんを連れて女子グループに話しかける。 「慎吾がどうしたんだよ?」 「な、なんでもないから!別に慎吾なんて、どうでもいいし!」 そう言い、香澄ちゃんは教室を出て行く。その顔は赤かった。 「おい!この格好で転けたらどうするんだ!」 そう言い、慎吾くんは香澄ちゃんを追いかける。私なんか存在しないかのように……。 その姿を見ていた、二人の友達や、クラスの子は笑っていた。 クラスみんなが二人の仲を認めている。 初めはみんなが面白がって、二人をくっつけようとしているだけだと思っていたけど、それは違う。 香澄ちゃんも、慎吾くんが好きだった……。 あんなおとなしい子が、慎吾くんが絡むと感情的になる。誰の目にも明らかだった。 「……姫乃……」 友達が気にかけてくれる。 二人だけは、私の秘めた想いを応援してくれた。 「追いかけてくるね」 「うん、頑張れ!」 友達の後押しに、私も追いかける。 香澄ちゃんは中庭にある池の前で花を見ていて、慎吾くんはそんな香澄ちゃんを遠くから見ていた。 私は、慎吾くんに声をかける。 「なんでもないんだ。……全くあんな短いの履いて!よく転けるくせに!……あ、ごめん」 慎吾くんは強い口調で話したことを謝ってくれる。 やっぱり機嫌悪いな。心配なんだ……。私も同じ長さのスカート履いてるのにな……。 「……戻ろう」 「え、でも……」 慎吾くんはためらう。 「香澄ちゃんも、すぐ戻ってくるよ」 「そうだよな……」 私達は教室まで一緒に歩く。 今は何を話しても、うわの空だろう。だから何も話さない。 「池に誰か、はまったらしいよ!」 「えー!」 そんな話が聞こえて来た。 「香澄……、香澄ー!」 「慎吾くん!」 慎吾くんは慌てて走り出す。 私の声なんて聞こえていないようだった。 「香澄って呼ぶんだ……」 慎吾くんは香澄ちゃんを、普段は「あいつ」と言っていた。咄嗟に名前が出てきたんだ……。 私は仕方がなく一人で教室に帰る。 その後、香澄ちゃんは先生とクラスに来た。 隣のクラスの子が池にはまるのを近くで見ていたらしく、怖かったのか泣いていた。 先生は慎吾くんがいないことに気付き、クラスの子に聞く。 「香澄ちゃんを追いかけて戻って来なくて。たしか、姫乃ちゃんも行ったよね?」 「え?知りません……」 ……私は嘘を吐いた。だって香澄ちゃんを心配して中庭に走って行ったなんて言いたくなかったから……。 その後、慎吾くんは戻ってきて、無事な香澄ちゃんを見て一安心した表情をする。 しかし、香澄ちゃんはまだ泣いていて、その表情を見ていない。 自分が池に落ちたならともかく、見ただけでしょう? ……私が泣きたい……。どうして、こんな鈍臭い子が良いの? 私はいつからか、香澄ちゃんに苛つくようになっていた。 その一週間後の週明け、急に二人は仲良くなった。 親しげに話していて、みんな元通りになったと言っていた。こんなに仲良かったんだ……。 しかも、慎吾くんの試合の応援に行っていたらしい。前に行きたいと言ったら、だめだと言っていたのに。 夏休みが明け、転校生が来ると状況はより変わっていった。 「香澄さん」 転校生の男の子が香澄ちゃんに声をかける。 「何だよ?」 慎吾くんが、香澄ちゃんの間に入る。 「あなたには言ってません」 「俺は幼馴染だから!」 「関係ありませんね」 「えーと」 香澄ちゃんは困っている。 あの転校生は、やたら香澄ちゃんに関わろうとしてくる。それを守る慎吾くん。余計に香澄ちゃんの側にいるようになった。 二人の好意に気付いていないのだろうな……。慎吾くんの嫉妬にも……。 ……もうやだ、見たくない。どうしたらこの状態から逃げられるの? そう思った時、私の引き出しに、小さな小瓶と手紙が入っていた。 『これは惚れ薬です。好きな相手に飲ませてください。』 そう書かれていた。 「何これ?何かのイタズラ?」 私は小瓶を開けて香りを嗅ぐ。すると、不思議な香りに魅了されてしまった。 そして思った。 ── 慎吾くんに振り向いて欲しい。 その一心で、慎吾くんを中庭に呼び出した。 「どうしたの?」 「これ飲んでくれない?」 私は、小瓶を差し出した。 普通なら、こんな小瓶に入ったもの警戒するが、慎吾くんは小瓶と香りに魅了されたのか、飲んだ。 すると……。 私を見る目が変わった。いつも見ているから分かる。これは香澄ちゃんを見る目だ。 「……姫乃ちゃん話し良い?」 「う、うん」 「俺、姫乃ちゃんが好きだ」 そう言ってくれた。 本物だった! 「うん」 こうして、私たちは、付き合うようになった。 でも、そのことにより私、慎吾くん、香澄ちゃん。みんなが傷つくことになってしまった。
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