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この世界の人の身体には花が咲く。それは感情の花。喜びや怒り、悲しみ、そんな感情とともに花が咲く。そしてその花は生きる限り自然には離れず、人の身体を蝕んだり或いは救ったりする。だがその花の美しさに人々は忘れていた、そこにあるのが自分の感情であることを。
「これから私たち、たくさんの悲しみの花を摘みにいこう。そしていつか、たくさんの幸せの花を咲かせるの」
彼女は下を向いて言った。愛する人の枯れた花を掬い上げて。
「レイの花は綺麗だ、とても似合っているよ」
僕がそう言うと彼女はくしゃっと笑って、手に持っていた花がらを風にまかせた。そして、彼女の左の手首を一周まわるように咲いている浅葱色の花たちを撫でながら、飛んでいく花がらを見つめた。
「私に似合っているかな、私も好きなんだ、この花」
「いつ咲いたんだ」
「いつだったか忘れてしまったよ。それでも、ずっと前から咲いていた気がする」
大事そうに花を撫でる間に、彼女の首元にまたひとつ、浅葱色の花が咲いた。その色はまるで彼女の悲しみのようで、憂う彼女の瞳の色とそっくりだ。崩れだすこの世界の理を見つめるような、そんな瞳の奥が見えて僕は口をつぐんだ。
こんなやり取りをしたのはもう少し先のことだ。これは僕たちのたたかいの物語。少し長くなるけど、どうかたくさんの人に聞いてほしい。僕たちがたたかった記憶を。
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