成長、その先はどこへ行くの

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 街の人達は、やりきれない気持ちに自分たちを責めながら手を止め、僕らに「帰れ」とまた叫んだ。僕らは深く頭を下げて、その場を去った。  研究所は嫌に静かで、少女の面影が空気に残っていた。みんなは黙って椅子に座り、それぞれの思いを胸に巡らせていた。僕はその姿を見て、これは僕にしか出来ないことだと思った。薬を飲んだ人がどうして土化したのかなんて、みんな本当は考えたくもないのだろうと分かったから。僕は血も拭わずに二階へ行った。 「ウル、聞きたいことがある」 僕の声でウルは目を覚まし、ボサボサの頭をかきながら僕を睨んだ。 「ウルの薬はどうやって作っているんだ」 ウルは依然として僕を睨むが、その声色には何の感情も見せなかった。 「秘密」 いたずらに笑ってみせて「シーッ」と口元に人差し指を立てながら僕に近づいてくる。そして僕の耳元でウルは言った。 「余計な詮索をしないこと」 耳を疑うほど無であるその声に僕は恐怖を感じたが、視界が赤く変わって思い出す。さっき心に刻んだ悲劇を、僕たちが救えなかった人たちの表情を。僕の視界を赤く染めた血は頬を伝い僕から流れ落ちた。そして僕はウルの左手を掴み、今度はかわされないように言葉を紡ぐ。 「人が土になった。僕らの薬を飲んですぐにだ」 ウルは一切表情を変えずに僕の言葉を聞いていた。 「レイやみんなもどうしてなのか分からない。でもお前は分かるだろう」 ウルは僕の言葉を最後まで聞いてから、いきなり僕の胸ぐらを掴み笑い出した。 「君はいつから仲間になった、「僕らの薬」だと――」 僕はひるまずに言い返す。 「さっき僕はピッカーになった。もうウルの仲間だ、だから教えてくれ」 ウルは僕の胸ぐらを掴む手を離し、ボサボサの長い前髪と深く被ったフードをはらい、その美しい目で僕を真っ直ぐに見つめた。 「仲間という言葉は、相手がどんな奴か見極めてから使うべきだ。現に君はその相手を見誤っている」 その目はもう僕を睨んではいなかった。だが僕は、ただ真っ直ぐに見つめられているはずなのに、ウルが何かを隠しているように感じた。 「どうしてそんなこと言うんだ」 僕の言葉は最初から届かないことが決まっていたかのように、ウルの心の壁に跳ね返されてしまった。 「ピッカーもボクにとって仲間ではない」 どこか寂しそうにそう言ったウルの目の奥は、既に闇に飲み込まれたように真っ黒になっていた。 「一体どうしたんだよ、そんなこと冗談でも言うなよ」 僕にはウルの言葉の意味が分からず、自分でも気づかないほど小さな怒りとともにそう言った。だがその先に待っていたのは、誰も知りたくない言葉だった。 「だったら教えてやるさ、薬がどうやってできるのか」 そう言って部屋の奥へと消えたウルは、液体の入った小瓶を持って戻ってきた。そして一緒に引きずってきた大きな袋を開くと、そこには綺麗な花がたくさん入っていた。 「この花は――」 僕が思わず後退りすると、ウルは袋の中から白い花を取り出しその花びらを一枚ずつ切り離していった。全部落ちるとそれを拾い上げ、机の上に置いてあった空の小瓶に詰めた。 「人の花から作るのさ、幸せの花から」 液体の入った小瓶と花びらの入った小瓶を二つ、僕の目の前にかざしながらウルはそう言った。幸せの花は確か、人に咲く良い花の中で最上級の効果を持つ感情の花だ。そしてその花が咲くことは滅多にない。そもそも花が咲くのは深く大きい感情が生まれたときだから、幸せの花が咲くということはそれだけ深く大きな幸せを感じたということ。そんな人の花を摘んで薬にしているなんて、僕には想像し難いことだった。  「良い花がなくなるってことは、感情がなくなる、もしくは負の感情だけになるということだ」 僕はクヒオの言葉を思い出していた。もし幸せの花を摘まれた人が、その人に咲く良い花をいくつも摘まれていたらどうなるか――。想像するだけで身の毛がよだつ。そんな僕の反応を見てウルはまた話し始めた。 「ちなみに幸せの花は悲しみの空洞を埋める薬になり、その他の喜びなどの花たちは侵食を遅くする薬になる。こっちの方はまだ完成形ではないけどね」 ということは、僕が飲んだあの薬も誰かの喜びの花だったのだ。 「副作用は眠気だけではない」 ウルはボソッとその言葉を吐いたが、僕にはなんとなくその話の結末が分かってしまう気がした。そしてそれは同時に、僕の身にもやがて起こることなのだと悟った。
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