成長、その先はどこへ行くの

3/3
前へ
/25ページ
次へ
 ウルは僕の悟ったような顔を見て、どこか辛そうに話し始めた。 「ボクは街の人達のことを助けようなんて思ったことないし、君のことも助けるつもりはない。ボクは他の誰でもなく自分のために薬を作っているんだ。そしてレイたちと出会った。だからボクはそれを利用した、ただそれだけのこと」 だったらなぜそんなに辛そうにしているのか僕には分からなかったが、それより先に明らかにしなければいけないことがあった。 「副作用のことを知った上で街の人に渡していたのか」 僕は僅かな希望を信じてその質問をした。ウルが自分のために薬を作っているなら、あんな副作用のある薬をわざわざ作りはしないだろう。この悲劇が「起こってしまったこと」なのか「起こしたこと」なのかではその本質が違う。 「そんなことは重要じゃない。それに、いずれにせよボクはこれで良かったと思っている」  「これで良かった」 その言葉が僕は許せなかった。たくさんの人が土になり、たくさんの人が消えない悲しみと憎しみを背負った。それは街の人だけではない。レイもクヒオもホクケイもマナも、みんな血を流して傷ついた。それを「これで良かった」なんて、たとえこれまでのウルの気持ちが偽ったものだったのだとしても許せなかった。 「一体何の恨みがあってそんなこと――」 僕は勢いに任せ怒鳴り声を上げたが、最後まで言い切ることは出来なかった。それは、さっきからウルの言葉に辛そうな気持ちの揺れを感じていたからだ。何がウルの本当の感情か分からないが、そこに見える寂しそうな目も憎しみに満ちた目も、辛そうな声も無に聞こえる声も、何一つこぼれ落ちないように、僕はウルの全てを受け止める覚悟でもう一度声をかけた。 「ウルに何があったのか、僕に話して」 ウルは少し驚いたような顔をしてから嬉しそうに笑った。それがあまりに可愛らしくて、僕には最悪を想像することなんて出来なかった。 「君はどこかの英雄(ヒーロー)に少し似ている、優しいな」 部屋の隅の棚の上に大事に飾られた花を見ながらウルは言った。ガラスのケースに一輪だけ入ったその花は、とても美しい白い花だった。 「この花はボクに咲いた花だ、とても幸せだった――」 ガラスのケースから花を丁寧に取り出して、ウルはその花を機械に入れスイッチを押した。 「この花で幸せの薬を作るから、君が受け取ってよ」 戸棚から空の小瓶を取り出して、ウルはボクにそう言った。それは諦めでも希望でもなく、ただ過去を懐かしむ静かな声だった。 「何をする気だ」 僕の言葉には答えずに、ウルは無機質に動く機械を眺めながら歌を歌っていた。僕に聞こえるか聞こえないか、それほど小さな声で歌っている。さっきと同じ静かな声で。そして動きが止まった機械から液体を小瓶に移し、僕にその小瓶を持たせた。その瞬間のウルの目は炎の中の母さんとよく似ていて、僕はその目の意味を無意識の内に理解した。 「ウルが今考えていることは誰も幸せにしない、どこかの英雄(ヒーロー)だってきっと悲しむ」 僕は必死に叫んだ。これから起きてしまうであろう悲しみを起こさないように。あんなに可愛らしく笑うこの子が、もう二度と笑えなくなる未来が来てしまわないように。だけどそれは間違いだったのだろうか。ウルは僕の叫びに悲しそうな笑みを浮かべた。 「あの人はみんなの英雄(ヒーロー)なんだ。ボクもあの人に助けられた中の一人に過ぎない。あの人がボクの特別でも、ボクはあの人の特別じゃないんだよ」 ウルはそう言いながら花を飾っていたガラスのケースを割り、その破片で自分の胸を刺した。
/25ページ

最初のコメントを投稿しよう!

14人が本棚に入れています
本棚に追加