成長、その先はただ愛

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成長、その先はただ愛

 ボクは、可愛いものが大好きな母と何に対しても無関心な父のもとに産まれた。それほど裕福ではなかったけど、ボクは何不自由なく育ってきたのだ。母はボクに咲く白い花が好きで、花が咲くといつも嬉しそうにしていたが、それがボクにはいつからか義務のようなものになっていた。ボクは幸せの花を咲かせるために「ボクは幸せだ」と自分を偽り続けて花を咲かせた。それでも花が咲かない時があると、母はボクに落胆したように無口になった。だってボクは醜いから――。母が好きなのはボクに咲く白い花だけで、のことは愛してくれなかった。そんな母にボクは愛されたかったんだ。その醜い顔を美しい花で隠して、その醜い声をもう二度と出さないようにした。そうしたら母は喜んで、ボクのことを見てくれるようになった。  一方父は、一日中同じ場所に座ったままで無口だったから、ボクは父と会話をした覚えが一度もない。ボクから話しかける言葉もまるで父には届いていなかった。母と父はお互いのことに口は出さずに自由にしていた。だからボクを助ける人なんて、どこにもいなかったんだ。外に出れば気味が悪いと石を投げられ、家に帰れば母がボクを愛でてくれる。そんな生活が何年も続いて、ボクは考えることをやめた。 (何が辛かったんだっけ――) それが分からなくなったボクには、もはや助けを求めることすら出来なかった。歪んだ愛、そもそもこれは愛と呼ぶにふさわしいものなのか。  ある日、家に帰ると母が土になっていた。朝までは綺麗に咲いていた花も枯れ落ちて、家の床にただ広がっている土にボクは涙を流していた。なぜ泣いたのかボクにも分からない。母がいなくなったことが悲しいのか、何かも分からない辛さから開放されたことに泣いているのか、或いは父の変わらなさに腹を立てているのか。ボクは土を手ですくって外へ撒き、枯れた花は母がよく使っていたグラスに入れた。そうしている間も、父は何も言わずにただ座っていた。そして数日後、父の花は枯れた。お腹を空かせて枯れたのだと街中に噂が広まり、ボクは突き刺すような冷たい視線にさらされた。 (ボクが悪いのか、) 心の中で何度も自分に問いかけた。ある日帰ったら母が土になっていて、その母に父は何もせずただ座っていて、ボクだってお腹が空いて今にも倒れそうだったのに、いつも母にご飯を用意してもらっていた父は自分でご飯を用意しようとはしなかった。誰も手を貸してくれなかったのに、それでも街はボクが父の花を枯らしたように言う。 (ボクが全部悪かったのか――) ボクはまた考えることをやめて、ここでこの命を終わらせてやろうと思ったんだ。顔を覆う花をちぎり捨てて、誰もいない夜の崖から飛び降りた。  目が覚めるとそこは飛び降りたはずの崖の上で、もう太陽が昇り始めていた。隣には知らない男が焚き火をしていて、ボクは終わらなかったのだと理解した。 「どうして」 ボクが無愛想にそう言うと、男は何も特別なことではないかのように話した。 「君が飛び降りたから助けたんだ」 ボクは腹の底から怒りが湧いてきて、気づけば男に八つ当たりをしていた。 「助けただと――、お前が誰を助けたっていうんだ。ボクは自分の意思で飛び降りたんだ、生きることをやめたやつを引き戻したってことは、お前はまたボクを地獄に戻したようなもんだ。生きていることだけが正しいと思うなよ」 何も考えずに、ただ怒鳴り散らしていた。ボクの怒りは彼に向けるべきではないと分かっていたのに、今のボクにはこうすることが精一杯だった。それでも彼は一切怒ったような顔も呆れた顔もせず、また何も特別なことではないかのように話した。 「君は本当に自分の意思で飛び降りたのか、本当に自分で生きることをやめると決めたのか――」 何もかも見透かしたようなその目に、ボクは思わず涙が止まらなくなっていた。彼の言葉はその通りだったんだ、だからボクは何も言い返せなかった。いつの間にか咲き乱れる負の花たちでボクは息が苦しかった。 「生きていることが正しいから君を助けたのではないよ。君が助けてほしいって顔をしていたから、僕は君を助けたんだ」 初めて触れる真っ直ぐな優しさに、ボクは自分がどうして辛かったのかを思い出した。ボクはずっと――。 「君に何があったのか、僕に話して」 彼は、まるでボクの全てを受け入れてくれるような目をしてボクにそう言った。何の裏も感じないその言葉の力強さに、ボクはもう安心していたんだ。 「ボクを愛してほしかった」 溢れ出したその言葉に、彼はただそばにいてくれた。
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