キアヌ・ライ・アダムス

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キアヌ・ライ・アダムス

 僕らはゆっくりと進む馬車に乗って、僕らの暮らす「ニューベリー王国」の王都へ向かっていた。ボロボロになってしまった街はある程度の復興を遂げ、街の人達がまた以前のように暮らせるまでには戻っていた。土にまみれた景観もかつての美しい姿を取り戻し、僕らは街を発つことを決めたのだ。  馬車の中で、これまでの疲れもあったのかレイとマナはすっかり眠りについていた。クヒオは外で御者の隣りに座り、やけに深く帽子を被って、御者に注意深く旅路を尋ねていた。馬車の中で起きているのは僕とホクケイだけで、僕は気になっていたことを少しだけ声に漏らした。 「ホクケイが出会った貴族の女性って、どんな人なの」 僕の問いに少しの間が空いて、僕は慌ててその言葉を消そうとした。 「いや、言いたくなかったらいいんだけど――」 そんな僕の気も知らず、ホクケイは笑いながら話し始めた。 「名はジャンヌと言います。彼女は強く眩しく輝いていて、とても美しかった」 思っていたよりすんなりと話してくれる様子に、僕はなんだか安心していた。  「今は考えないほうが良い」 数日前その言葉に感じた彼の怒りを、今は感じない。彼の暖かさに甘え、僕は思うままに話した。 「その人は貴族だったんでしょ、僕も知っているかな」 ホクケイは少し眉をひそめて答えた。 「レーゼン家、ニューベリーの中でも五本の指に入る貴族です」 レーゼン、その名前を耳にして僕は一瞬言葉を失った。レーゼンと言えば極悪非道な行いが目に余る、ニューベリーの貴族の中でも僕が嫌っている人たちだった。それは僕だけではない。この国に住む多くの国民が同じ思いだろう。それを分かっているからこそ、ホクケイは少し口をつぐんでいたのだ。だとすれば、その名を隠さずに伝えてくれた彼の心に報いるためにも、僕は決めつけでその女性を判断してはいけないのだろう。 「レーゼンは僕も知っているよ、でもきっと、ジャンヌさんは僕の知らない人だ」 ホクケイは少しの間首を傾げるように僕を見た。 「君が素敵だという人だ、きっと僕が知らないレーゼンさんだね」 馬車が大きく揺れ、その振動に寝ていた二人が起きた。それから話の続きはしなかったが、ホクケイはなんだか嬉しそうな顔をしていた。  目的地に着き馬車を降りるとき、ホクケイは僕のもとへ近づき耳打ちをした。 「ありがとう」 その言葉に僕もなんだか嬉しくなり、彼の身体中に刻まれた傷跡さえもかっこよく思えた。 「やっと着いたな」 クヒオが小さく呟くその先には、ニューベリー王国の王都へ続く門があった。 「ここが王都ね――」 マナはまた、何か遠くにあるものを睨むような怒りをちらつかせそう言った。だが、そんな彼女の強ささえも突き飛ばすような強大な門が僕たちの前に立ち塞がっていた。門の横には騎士が数人姿勢良く立ち並んで、その手には大きな槍を持っている。どこか遠くを見つめ、僕らのことなどまるで目に入っていないようだったが、そんな奴らにレイが話しかけた。 「この門を開けてください、私たちはニューベリーの国民です」 レイは国民証を手に持ちそう言ったが、騎士たちは軽く舌打ちをして言葉を投げ返した。 「ここは神聖なる王都である。貴様らのような下等な国民が用もなく入れる場所ではないのだ」 騎士は強くそう言いながら、レイの手にあった国民証を槍で突き刺し切り裂いた。そしてそれを踏みつけ、顎で僕らに帰るよう指示した。レイは何も言わずに国民証を拾い集めていたが、クヒオは既に頭に血が上っているようだった。 「黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがって、誰に向かって「下等な国民」なんて言葉を使っている」 紛れもなくそこには怒りが宿っていたが、クヒオは普段のような冷静さを保っていた。どこまでも冷たく鋭いその言葉に、気づけば騎士たちは後退りしていた。そしてさっきまでとは打って変わった態度で、僕らのために重たい門を開けたのだ。
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