キアヌ・ライ・アダムス

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 門が開いたその先には、華やかな町並みが広がっていた。鮮やかな色で塗装された綺麗な家々、高くのぼる噴水とその周りを彩る花、綺麗に整備された道や公園は広く、それは僕らが暮らしいた街とはまるで違う国のように思えた。僕らの街に当たり前のようにあった灰の山やすす汚れた家はなく、人々も晴れ晴れとした顔をしている。ところで僕らは、クヒオの知り合いが王都に住んでいるということでその伝手を貸してもらおうと旅立ったわけだが、クヒオの知り合いという人が見当たらない。なんでも高貴な服を着ることが好きで、いつも着飾っていると話していたが、まるでホクケイのようだ。 「とにかく家まで行こう」 クヒオは知り合いの家を知っているらしく、元々約束していた待ち合わせの場所から家を目指すこととなった。 「入れ違いにならなければいいけれど」 マナが少し心配そうに言うと、クヒオは「大丈夫だろう」と少し素っ気なく言った。僕らはそんなクヒオについていくしかなかったが、僕は歩きながら人々の様子を観察していた。すると王都の人々には、明らかに僕らと違うところが一つあることに気づいた。それは、負の花の数が圧倒的に少なく、ほとんどの人が肌を露出する服を着ていることだ。僕らの街では花を隠すために肌をなるべく出さない服を着ていたからか、僕はそれに明らかな違和感を感じた。それから、負の花が少ないことは良いことだが、なんだか妙な感じがする。まるで人工的に負の感情を排除しているような、そんなおぞましい気がしてならない。しばらく歩いていると、後ろから騒ぐ声が聞こえてきた。 「去年はたったの二人だったじゃないか」 「それだけ難しい試験だってことよ」 「俺、今年は行ける気がするぜ」 何の話をしているのかはよく分からないがそんな声が途切れ途切れに聞こえ、僕はなんとなくそれを予想していた。の話をしているのではないのかと。だが、そんな答え合わせは出来ないまま、僕らはクヒオの知り合いの家に着いた。 「遅かったじゃあないか、待ちくたびれて煙草をふかしていたよ」 やけに元気そうな男が僕らを迎え入れ、家の中は煙草のけむりでいっぱいになっていた。男は少し申し訳無さそうに眉を下げながら窓を豪快に開け、自分も咳込んでけむりを外へ逃していった。その様子にクヒオは呆れたようにため息をつき、自分の家のようにソファへ座った。だがそこに嫌っている様子は感じられなかったので、僕はこの二人の関係性が良いものであることを察した。 「さて、第一印象が最も大切だっていうのにこんな出会いになってしまったが、許しておくれソウルメイト」 冗談なのか本気なのか、その言葉の裏にある彼の真意はよく分からないが一つだけ言っておきたい。 「いつから僕らはソウルメイトになったんだ」 彼は僕のツッコミに嬉しそうに笑い、「今この瞬間さ」と両手を広げてきた。正直、想像していた人物像とかけ離れ過ぎていて、僕はまだ受け入れきれていない。クヒオの知り合いと言われて、無意識にクヒオと似たような人を想像してしまった。このギャップに慣れるにはもう少し時間がかかりそうだ。そう思っていたのもつかの間、さっきまでとは少し変わった様子で彼が話し始めた。 「自己紹介をしよう、私の名前はキアヌ。クヒオの兄だ」 「お兄様でしたの」 マナがとても驚いた様子でそう言ったが、僕も心の中で同じことを叫んだ。まるで真逆の性格、容姿も言われなければ似ているとは思わない。そして、僕はキアヌという名前をどこかで聞いたことがある気がしていた。同じ名前の別人なのかもしれないが、それはまさに王族だったような――。 「あなたは――」 ホクケイが言葉を続けようとすると、キアヌさんは静かに口元に人差し指を添えて優しく微笑みかけた。その様子にホクケイは口を止め、一歩後ろへと下がった。 「この家は、幼い頃から私とクヒオの秘密基地のようなものでね、王都にいる間は自由に使ってくれて構わないよ。ところで君たち、旅の目的は定まっているのかな」 大きな手に光る金のアクセサリーたちがキアヌさんの言葉を尖らせる。彼は立派に蓄えた髭を撫でながら、煙草をふかしグラスを手に取る。そして黄金に輝く液体をグラスに注ぎ入れ、それを豪快に飲み干しまた話し始めた。 「クヒオから話を聞いたところでは、モルスに連れられた仲間の行く先、ひいてはモルスの秘密、それらを知るためにここへ来たようだけど」 彼は一瞬、レイを見定めるように見つめてそう言った。その視線に反応してか、レイは食い気味に話を始めた。 「そうです。知りたいこと、知らなければいけないことを知るためにここへ来ました」 すると、レイのその言葉を待っていたかのように彼が言葉を返した。 「やはり私の想像通りだったな、レイ。今の君は理想を並べているだけだ。それでは知りたいことを知ることも、人々を助けることも到底かなわない」 一見冷たいように感じたその言葉は、考えてみれば当たり前のことを言っていた。助けたいと思うだけでは助けられない。僕らはもう、頭や心で願うだけでは足りないのだ。助けるためには考えなければならない、何をすればいいか。 「目的だけでは行動にならない。君たちには策が必要だ。目的を達成するために考え、行動していくんだ」 彼はそう言って大きな紙を部屋の奥から取り出し、机にひろげた。 「これは騎士団の組織図だ。君たちには、ここに繋がりをつくり内部の情報を得ることが、仲間の行った先を知る数少ない手段だね」 そこにはモルスの他に王の護衛隊や他国への偵察隊、そして摘花隊と記されていた。 「摘花隊って、何をするんだ」 僕の質問にキアヌさんは立ち上がって説明を始めた。 「いい質問だ、ヒロ。摘花隊はその名の通り花を摘む部隊だよ。君たちと決定的に違うのは摘む花が幸せの花であること」
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