ルピナス

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ルピナス

 僕はその言葉に唖然としたが、僕なんかよりもずっと女の子のほうが辛いだろうとすぐに分かった。女の子を見ると僕の予想通り立ち尽くしていた。この場の全員が無力さで足が動かずにいる。 「一体どうして、だって僕のことは助けてくれたじゃないか」 僕の言葉は届かない。 「君たちは、人々の花の侵食を止めるために活動しているんだろう」 僕は自分でも驚くほど必死になって叫んでいた。それは、この少女に自分を重ねていたからかもしれない。母親が花に蝕まれ泣いている光景、周りの人が形相を変えて押し寄せてくる恐怖。そんなものを目にして、僕ですら気が狂いそうだったというのに、この子は僕より幼いその心で必死にここまで助けを求めに来たのだ。それをたった一言「助けられない」で片付けられて、今この子はどんな気持ちか、想像しただけで息が苦しくなる。 「助けを求めに来たこんなに小さな女の子を、君たちは見捨てるっていうのか」 僕はつい感情的になって叫んだ。また一つ左の足首に花が咲いたことすら気にせず、誰に怒っているのか自分でもわからなくなるほどに。 「さっきから勝手なことばっか言いやがって、じゃあお前は助けられるのかよ。無力なやつが理想並べてヒーロー気取ってんなよ」 クヒオは僕に殴りかかる勢いでそう言い放ったが、ホクケイが僕とクヒオの間に入ってクヒオを止めた。 「クヒオくん、この子の前です、落ち着きなさい」 それからホクケイは少女の目線までしゃがんで、頭を下げてから話しかけた。 「お嬢さん、お名前を伺ってもよろしいですか」 その姿はまさに紳士で、泣いていた少女もいつの間にか涙を止めていた。 「マカだよ」 「マカちゃん、とても素敵な名前ですね。先程は怖い思いをさせてしまってすみません、もう大丈夫ですよ。マカちゃんのことは私達が必ず守ります」 また泣き出しそうになって必死に涙をこらえながら、少女は無理をして笑顔を作り、話し始めた。 「私のママが泣いているの。私どうしたらいいのか分からなくて街のみんなに聞きに行ったら、みんながママをいじめだして――」 笑顔のまま涙が止まらなくなった少女をホクケイは抱きしめながら、少女に尋ねた。 「マカちゃんが持っているその花はどうしたのですか」 「ママをいじめていたみんながどんどん消えていっちゃって、お花が枯れていったの。みんなのことも治してくれますか」 溢れ出す感情を抑えきれず少女は泣きわめき、少女の首には青い花がいくつも咲いていった。この子が優しすぎることは分かっていた。ここまで来て母親のために助けを求めるだけでも十分すぎるのに、自分の母親をいじめた街の人達すら見捨てずに助けようとする少女の心が僕には眩しいほど輝いてみえた。 「話してくれてありがとう。あなたはとても優しく美しい人だ。少し部屋で休んでください」 ホクケイは少女の頭を優しく撫で、少女から枯れた花を受け取った。そして泣いている少女をマナが抱き上げ奥の部屋へと連れて行った。  しばらく経って少女の泣き声も聞こえなくなり、僕らには静かな時間が流れた。僕は自分の情けなさに耐えられず口を開いた。 「その、何も知らないのに余計なことを言ってしまってごめん」 誰も何も言わなかったが、そこにマナが戻ってきた。 「みっともないことするんじゃないわよ」 空気を切り裂くように力強く言ってくれたその言葉に僕は反省した。 「すまなかった。お前はそもそも関係ないんだ、傷が治ったならここから出ていきな」 クヒオは冷たく言い放ったが、僕にはそれが彼なりの優しさであることが伝わってきた。僕はいつの間にか、少女を助ける中に自分もいることを当たり前に考えていた。 「関係ないけど、あの子を助けたい。僕もできることをしたい」 僕は今度は冷静に、感情に任せずクヒオの目を見て言った。 「好きにしろ」 クヒオは目をそらしてそう言った。  それはそうと、助けられないとはどういうことなのか僕にはわからない。 「助けられないって言っていたけど、どういうことだ」 さっきまで黙っていたレイが口を開いた。 「私達ができることは花の侵食を止めること。既に土化している人や土になった人を元に戻す方法はまだ分からないの」 それじゃあ――。 「あの子のお母さんを助けることも、街の人を助けることも出来ない」 現実というやつは、なんて残酷なのだろうと思った。そういえば、ホクケイも「お母さんや街の人を助ける」とは言っていなかった。彼は  「マカちゃんのことは私達が必ず守ります」 と言ったのか。ということは、僕の母さんもあの時には既に手遅れだったということだ。そしてあの子も、救われることはないのかもしれない。 「だったら、どうやってあの子を救う。あの子の母親は救えないのに」 僕の言葉はどこまでも無責任だ。彼らはそんなこと分かっているという目をしていた。 「俺たちにできることは彼女の傷を最小限に抑えることだ。一段落着くまでは彼女を部屋で休ませておいて、終われば俺たちで街を綺麗にする。人はいずれ終わりと向き合わなくてはいけない。彼女はそれが少し早かっただけだ」 クヒオの言葉は冷たいように聞こえるが、彼の声からは冷たさを感じなかった。そこにあるのは無力感と罪悪感、彼の優しさと底に燃える憎しみの心だった。 「とにかく外に出よう、状況を把握しないと。マナは部屋でマカちゃんを見ていて」 そう言ってレイは戸棚に並んだ小瓶を何本か腰掛けカバンにしまい、外へ出ていった。彼女に続くようにクヒオとホクケイも支度をし外へ出た。 「もうその火傷のような傷を負わないように、気をつけて行ってくるのよ」 マナは僕にそう言って手袋と上着を渡した。 「負の花はたまに蜜が垂れるのよ。蜜には毒があるから触れないように」 言われてみれば、ピッカーの彼らはみんな同じような格好をしていて、肌を覆う丈夫そうな服を着ていた。 「行ってくる」 僕は手袋と上着を着て外に出た。
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