ルピナス

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 「不自由な思いをさせてごめんね。母さん頑張るから、お前はただ優しく生きるんだよ」 僕は泣き続ける少女を見て、母さんの言葉を思い出していた。母親ってのは、よく「ごめんね」と謝る。そして僕らは、母親の苦しみに鈍い。  母さんはとても優しい人だった。僕は父さんの顔も声も知らないけど、母さんはよく父さんの話をしていた。父さんも優しい人で、だけどとても不器用な人だったって。母さんは父さんの話をしているときは幸せそうだった。それでも、僕を育てるために必死で働いて、疲れているのに僕が眠るまでずっとそばにいて、ご飯はいつも僕のほうが多く分けられていた。母さんはいつも笑顔で「大丈夫」と言っていた。だから僕は気づかなかったんだ。母さんにとって父さんがいないことがどれだけ辛いことか、母さんがどれだけ負の花を溜め込んでいたのか。  「来ないで、行きなさい」  「愛してる――」 燃える炎の中、母さんは僕にそう言って微笑みかけた。あの子の母親と同じように母さんも自我を取り戻してくれた。ただ僕は、母さんに愛していると伝えることが出来なかった。  右腕の花は、ノアに植えられた黄色い花のせいで少し減っていて、花の間から見える火傷の痕も薄くなっていた。こうして僕も乗り越えていかなくてはいけない。母さんにまた会ったときに、胸を張って愛していると伝えることができるように。  それから少女はいつしか泣き止んで、そこに咲いた花をそっと抱きしめた。 「おいで」 レイが手を広げて少女に言う。少女はゆっくりと歩き出し、レイの元へとたどり着いた。 「急がなくて良いのよ。あなたのペースで大丈夫だから、生きて幸せを咲かせてね。辛くなったら誰かに頼ることも大切なのよ。私を――頼ってね」 レイは優しく少女を抱きしめながら、まるで母親の言葉を代わりに伝えているように、一言一言を噛み締めて少女にそう伝えた。  少女は南の街に住んでいる親戚の元で暮らしたいと言ってきた。僕たちも、親戚がいるなら一緒に暮らすのが良いだろうと、南の街まで行く馬車乗り場まで少女を送り届けた。そして僕たちは、街へ帰ってきた。  街は崩壊している。焼けた家々や崩れ落ちた建物たちと、花がらが街中に散っている。多くの人の花が枯れ、多くの人が土になった。 「救えなかった――」 レイが静かに呟いた。そうだ、僕たちは救えなかった。この街も少女も母親も。僕は母さんが土化するまで、この世界の仕組みを理解していなかった。そんなことは何も考えずにただ生きていた。だからこそ、この現状を目の当たりにして感じてしまう。自分の無力さや、やるせなさ。 「もう変えられないことを悩んだって仕方ないだろ。今俺達が考えるべきことは、次どうするかだ」 無力感と悲惨な光景を前に立ち止まっていた僕らに、クヒオが叫んだ。その叫びに、僕はこの世界に立ち向かっていくことを決めた。 「みんな、僕なんにも分かってないけど、強くないけど、みんなと一緒にたたかいたい。幸せの花でいっぱいの世界をつくりたい。だから、ピッカーに入れてくれないか――」 僕は一歩前に踏み出して力強くこの大地に立ち、まっすぐにみんなの目を見て言った。もう逃げない、怖気づかない、恐怖の色に染まった花なんて咲かせない。今僕の中に咲く感情を強く声に乗せて、また叫ぶ。 「ホクケイ、君のように優しい男になる、マナ、君のように強い心を持つ、クヒオ、君のようにまっすぐに生きる、レイ――君の浅葱色の花を摘みたい」 レイは驚いた顔をして、どうして知っているの、と聞いてきた。レイが僕を助けてくれたあのとき、僕はレイの左の手首に咲く浅葱色の花を見た。それだけではない、レイには心の寂しさや悲しみを強く感じる。彼女の目の奥にそれがうつっているのだ。 「レイがちゃんと乗り越えたときに、その花を摘むから。乗り越えていく手伝いを僕にもさせてくれないか」 今のレイにとっては、その花たちは大切な心の拠り所なのだと僕は思った。だから、僕の母さんへの気持ちのように、レイのこともちゃんと待ってあげたいと思った。僕らに咲く花は、僕らの感情なのだから。 「なんだか告白しているみたいね」 マナが照れくさそうに言った。 「私は感動いたしました、ぜひ、ともに精進していきましょう」 ホクケイは蝶ネクタイを直しながらそう言った。 「好きにしろ」 クヒオは目をそらしてそう言ってから、僕の胸を叩いた。レイはしばらく固まっていたが、左の手首を右手で掴みながら僕に言った。 「ありがとう。お互いに乗り越えられるように、生きていこう。これからよろしく――」 とまで言ってレイは首をかしげた。そして、名前を聞いていなかった、と言って笑った。 「僕の名前はヒロ。これからピッカーの仲間としてよろしくな」 こうして僕は、いや、僕たちは新しい始まりをきった。
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