0人が本棚に入れています
本棚に追加
「ちょっといいでしょうか?」
当たり前だが、部屋がシンとなった。柏谷先生が「どうぞ」と発言と促してくれる。
「僕は原子力発電を推したいと思います。太陽光発電や地熱発電は建設コストが高いし、場所を選ぶので現実的ではない。その点、原子力発電はCO2排出量も少なくて、少ない燃料で莫大なエネルギーを得ることができます」
「しかし、高レベル放射性廃棄物はどうするのですか?重大な事故が起こると、周辺環境に大きな影響を与えるリスクもあります」
すぐに他の生徒からの反論が出た。それは想定の範囲内だった。僕だって、本心では太陽光や地熱発電が良いなと思っている。だが、原子力発電を推すには理由があった。
「確かに安全対策は必須です。地震や津波などに備えた耐震設計や防波堤を作るなどの対策は必要だと思います。高レベル放射性廃棄物は地層処分をします。影響が弱まるまで、数万年かかりますが、地下300メートルより深い地層中に処分することで、人の暮らしに影響を与えることなく、安全に処理することができます」
「安全、安全といいますが、津波による福島原発の事故があったじゃないですか」
反論は止まない。議論は活発になり、教室が熱を帯びていく。
「だから、二度と同じことを起こさないために、シビアアクシデントへの対応を…」
「でも、何年か前に処理水の海洋放出だって国際問題になったじゃないですか」
僕の発言の途中で、別の生徒が食い気味に話を被せてきた。思わず、むっとする。
「処理水は、トリチウム以外の放射性物質を安全基準を満たすまで浄化した水のことです。汚染水ではありません」
「けれど、中国はそれで日本の水産物の輸出を規制しました」
「あれは、中国が一方的に批判してきただけです!」
僕はだんだんムキになってきた。
「間違った認識が風評被害をうむんですよ!」
「はい、そこまで」
柏谷先生が突然、議論をストップした。時計を見ると、いつのまにか授業終了5分前の時刻を指していた。
「議論が白熱しましたね。今回のディベートに答えはありません。議論によって、考えを深めていくことが目的です。最後に感想を自由に書いてください」
僕は真っ暗闇の部屋の中で、一人、放心状態になっていた。やってしまった。つい、熱くなってしまい、周りが見えなくなっていた。みんなは僕のことをどう思っただろう。不安が胸の内に広がっていった。
しゃべり場でリュウと会った。心のモヤモヤに上書きしたくて、「さっきの授業だけどさ…」と話題を切り出す。
「原子力発電に反対する人が多いことは予想してたけど、最後の処理水について発言した生徒の意見はおかしかったよな?」
同意を求めたつもりが、リュウはなぜか黙っていた。気まずさを誤魔化すように、俺は矢継ぎ早に言葉を続ける。
「中国の言い分を持ち出すなんて…。あいつら、あの時にデマ情報を流したり、日本国内に嫌がらせの迷惑電話したりしてたんだぜ?」
勢いに任せてキーボードを叩いた。沈黙がひどく長く感じた。リュウからやっと返信が来た。僕は思わず、身を乗り出す。
「俺、中国国籍なんだ」
パソコンの画面に映し出された文字が目に入った瞬間、僕の頭は真っ白になった。
最初のコメントを投稿しよう!