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あれから、一週間が経った。僕はicoiに行けなくなった。楽しかった日々は一瞬で崩れ去ってしまった。自業自得だ。僕はリュウの前で最低な発言をした。
一ヶ月間、午前のHRの時間に間に合うように起きていたからか、朝に自然と起きられるようになっていた。だが、目が覚めても気分は最悪で、後悔がどす黒く波のように押し寄せてきて、僕はそんな現実から逃げるように、いつまでもタオルケットにくるまった。
突然、スマートフォンの画面が明るくなった。アプリか何かの通知だろうかと思い、目を向けると、icoiから一通のメールが届いていた。
「ミノル君、元気ですか。柏谷です」
最初の一文を見て驚いた。柏谷先生からメールだなんて…。
「しゃべり場でちょっと話をしませんか?待っています」
文章はそれだけだった。僕は動揺を隠しきれなかった。
机の上はぐちゃぐちゃになった服やポテトチップスの空の袋などで埋もれていた。それらを端によせてパソコンの画面を開く。しばらくパソコンには触れていなかったが、何度も入力したIDとパスワードはすっかり頭に入っていた。
「久しぶりですね」
しゃべり場に行くと、柏谷先生が待っていた。じっくり話をしたいということで、チャットではなくビデオ通話で話すことになった。
「単刀直入に聞きます。どうして、icoiに来るのをやめたんですか?」
僕は黙っていた。柏谷先生と一対一で話をするのは初めてで、少し緊張もしていた。
「もちろんicoiに行く行かないは個人の自由です。ただ…てっきり、ミノル君はicoiが気に入っていると思っていたので」
柏谷先生の声は優しかった。僕は自分の思いを言葉にするのが怖かった。けれど、誰かに話したくて仕方がなかった自分の本音を、今先生にならさらけ出すことができる気がした。
「僕、いじめられてたんですよ」
ゆっくりと言葉を絞り出す。声が震えているのが自分でもわかった。
「父親が電力会社に勤めているんですよ。原子力発電所の運営にも携わっていて。それが、クラスの子にバレて、悪口を言われるようになったんです。最初は言い返してたんですけど、だんだん辛くなってきて…」
一度話を始めると、堰を切ったように、どっと思いが溢れてきた。
「それで、学校に行けなくなりました。今回のディベートはたまたまですけど、過去のトラウマを払拭するチャンスだと思いました」
柏谷先生はひたすら無言で僕の話を聞いてくれていた。
「だけど、自分の主張をするあまり、友達を傷つけてしまいました」
リュウとのことも詳細に話した。泣きたくなかったのに、勝手に涙がこぼれ落ちてきた。思い出すと、胸が締め付けられるような痛みがあった。
「ありがとう。話してくれて」
柏谷先生が口を開いた。僕は情けなかったけれど、鼻を啜ることをやめられなかった。
「確かに、国同士の問題について、中国の人みんなを悪くいうような発言は、良くなかったですね」
柏谷先生は静かに言った。あらためて、先生に指摘されると、自分が本当に取り返しのつかないことをしてしまったのだという感じがした。
「誰だって間違ってしまうことはあります。それに、ミノル君のやったこと全てが正しくなかったとは思いません」
「…気を遣わなくたって、大丈夫です」
心が卑屈になっていた。そろそろ、会話を切り上げて、消えてしまいたいという思いが強かった。
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