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「私も学校に行けなくなったんですよ」
柏谷先生がそんな僕を見かねたのか、口を開いた。僕は最初、柏谷先生の言葉の意味が掴めなかった。僕は柏谷先生が自分を励ますために、昔話を始めたのだと思った。
「もっと正確に言わなければなりませんね。今、学校に行けてないんです。都内の公立中学校で働いていたのですが、うまくいかず、療養休暇に入ってしまいました」
僕は驚きのあまり、何も発することができなかった。柏谷先生は授業がうまくて、冷静沈着で、完璧に仕事をこなすイメージがあったからだ。
「そんな時に、icoiの話が舞い込んできました。リハビリも兼ねて、教壇に立ってみないかと。とても迷いましたが、勇気を振り絞って、その話を受けることにしました」
僕は柏谷先生の話に聞き入った。柏谷先生が過去にどんなことを経験したかはわからない。けれど、もう一度教壇に立つことは、生半可でない覚悟が必要だったはずだ。
「icoiは、一度失敗した私に、再び居場所を与えてくれました。顔も名前もわからない世界だからこそ、性別も年齢も国籍も関係なく、皆が平等に学ぶことができる。過去にうまくいかなかった人だって受け入れられる」
「だから」と柏谷先生は続けた。
「一度くらいの失敗で、自分の居場所がなくなるなんてことはありません。もう一度やり直してみませんか?」
柏屋先生の話は僕の胸にひどく刺さった。けれど、リュウを傷つけてしまった事実は変わらない。面と向かって謝ったとしても、許されるだろうか。
「この間のディベートの後に、感想を書いてもらったのを覚えていますか?」
僕は頷いた。だが、いたたまれない気持ちで急いで書いたから、自分が何を書いたかは記憶になかった。
「リュウ君の感想です。許可はもらってあります」
画面共有でチャットで書かれた文字が映し出された。
【ミノル君の発言に説得力があった。俺は原子力発電所よりも他の再生可能エネルギーによる発電の方が良いと思う考えは変わらないけれども、考えさせられた】
「他にも何人か同じようなことを書いていた人がいましたよ。大丈夫です。真面目に授業に参加して、一生懸命調べて準備していたこと、みんなはわかっています」
僕はずっと泣いていた。けれども、今流している涙は、さっきとは種類の違うものだった。
「帰りましょう、icoiへ。私たちの居場所へ」
僕は近くにあったティッシュで涙を拭った。リュウにちゃんと謝って、もう一度やり直そう。そう決意を固めながら。
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