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それは、私が幼いころに祖母が話してくれた寝物語だった。私は今でも、この物語をはっきりと覚えている。しかし今、祖母があえてこの話をしているということは、きっと、何か意味があるのだろう。
私は、幼いころに聞いたときとは違う思いで、祖母の物語に耳を傾けた。
「ある日、いつものように海辺を歩いていた天女は、若い漁師と出会い、恋に落ちました。しかし、その漁師には親が決めた許嫁がいて、一週間後には、結婚式をあげることになっていました。それだけじゃありません。天界の住人である天女が、人間の世界の男性と結ばれることは、天の掟に背くことでした。ところが愛し合っていた二人は、ある夜、駆け落ちしたのです。漁師の両親は大慌て。いなくなった息子を必死で探しましたが、海辺に置かれた草履が見つかっただけでした。天界は、掟を破った天女を許しませんでした。天女は、霊力と永遠の命を奪われ、空を舞うための羽衣は、海の底に沈められてしまいました。二人は幸せに暮らしましたが、天女はやがて年老い、永遠の眠りにつきました。」
祖母は、私に、巾着袋を手渡した。
「羽衣を失った天女はね、『ばあちゃん』の『ばあちゃん』なんだよ。」
私の故郷は漁師町だ。そこに伝わる、ただの御伽噺なのだと思っていた。それがまさか、祖母の祖母、つまり高祖母のことだったとは思いもしなかった。
「この中には、羽衣が入れられている箱の鍵が入っているの。おまえに、その封印を解いて欲しいんだ。」
言い終わると、祖母はベッドに深く身を預けた。
「ああ……、苦しいねえ。これが、死の苦しみなんだろうねえ……。」
祖母は、しぼるように息をして、そっと目を閉じた。
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病室で巾着袋を受け取ってから一か月。何度も考えたけれど、祖母の話は夢物語のようで、受け入れることはできないままでいる。どうしようかと悩んだまま、この日を迎えてしまった。
「何とか、間に合いますように……。」
病院の駐車場に車を停め、祖母の病室へと急ぐ。階段を上がると、叔父が、祖母の病室の前で力なくうなだれていた。私は、看護師がせわしなく出入りする病室を見た。看護師たちが手際よく処置している。
「……やっと、楽になれたんだね。」
看護師が去った病室に入ると、酸素マスクのない、安らかな祖母の寝顔がそこにあった。
私は、いったい何を悩んでいたのだろう。
自分の心に素直になれば、答えはたった一つしかないはずなのに。
私は、穏やかに眠る祖母の頬にそっと触れた。
「羽衣を探すよ。ばあちゃん、待っててね。」
祖母に決意と別れを告げ、病院を後にした。
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