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深海の羽衣〖海底の箱〗
覚え書に書かれていた通り、海の中でも地上と同じように呼吸ができ、魚のように自由自在に泳げる。しかも、深海の圧力でも平気だというのだ。おそらく、箱の鍵が持つ力なのだろう。なんだか都合のいい話だけれど、そもそも記憶の箱にたどり着かなければ、挑戦することさえできないのだと考えると、なるほど納得できる。
まるで何かに引っ張られるように、海底の、ある一点に向かって落ちていく。かすかに届いていた光は、やがて、そのカケラさえも届かなくなった。
闇の中をどこまでも落ちていく。耳に届くのは水が動く音だけ。生き物の気配すら消えてしまった闇の世界で、どうしようもない孤独感が私を襲う。サメに食べられたりしないか、なんておびえていた自分が、急に恥ずかしくなった。記憶の箱の鍵を持っているのだ。物理的なことなど、何ひとつ心配ないはずなのに。
隣に娘がいてくれたら、そんな思いが頭をよぎり、わたしは祖母から受け取った巾着をにぎりしめた。
しばらくすると、海底がぼんやりと光っているのが見えた。わたしを導いていたものが、光の中心にあるようだ。近づくにつれ、中心にある朱い色をしたものがはっきりと見えてくる。
海底にそっと着地をした私は、それに近づいた。
「なるほど、これが記憶の箱なのね。」
二段の弁当箱くらいの大きさの、朱塗の箱。百年以上も海の底にあったせいなのだろう。美しい漆塗はところどころはがれていた。しかし、気高さと丸みを帯びた手になじむ形は、年月を感じさせない。
ポケットに手を入れて鍵を取り出し、鍵穴に差しこんだ。そして、大きく深呼吸すると、ゆっくり回した。
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