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第1話
七分署を出たサイレンを鳴らさない二機の緊急機は、十分足らずでセントラルエリア統括本部ビルの屋上駐機場にランディングした。
風よけドームがキッチリと閉まり、超高層階で渦巻く湿った風が収まるのを待ってからスライドドアが開けられ、ぞろぞろと人員が降機する。
「おーし、みんな揃ってるな。速やかに射場に移動するぞ」
主任のゴーダ警部の声で、シドとハイファも皆とともにエレベーターホールへと向かった。
エレベーター前ではそれぞれが手首に嵌めたリモータをリモータチェッカに翳し、ナノチップ付き手帳をパネルに押し当てて認識させる。こうしないとエレベーターはやってこない。
乗り込みながらハイファが首を傾げた。
「射場って、地下だよね?」
「ああ、俺たちがいつも使うのは地下五階だ」
答えたシドとハイファを交互に眺めてヤマサキがデカい声で訊く。
「シド先輩もハイファスさんも、去年の射撃検定のときはいなかったっスよね?」
「んあ、そうだったっけか?」
「そうっスよ。確か例の如く『出張』だか『研修』だかで……いいなあ、先輩たちばっかり。俺にもそういうの、回ってこないっスかねえ」
本気で羨ましそうに見つめてくる後輩に、シドはポーカーフェイスながら心の中で溜息をついた。できることなら全ての『出張』と『研修』を、この七分署一空気の読めない後輩に押し付けてやりたかった。
誰が好きこのんで他星にまで出張ってはマフィアと銃撃戦をし、ガチの戦争に放り込まれ、デッド・オア・アライヴ――その生死を問わず――の賞金首にされ、他人のBELを盗んで逃げ回り、これも盗んだ宙艦で宇宙戦まで繰り広げるというのだろうか。
断じてこれらは自分のような広域惑星警察刑事の仕事ではない。
そう、刑事の仕事ではなく、全てはテラ連邦軍中央情報局第二部別室の仕事だった。
何もかも、こいつと組んだその日から始まったのだ。
隣に立つハイファのノーブルな横顔をシドは睨んだ。
ハイファことハイファス=ファサルートは、シドと同じく太陽系広域惑星警察セントラル地方七分署・刑事部機動捜査課の刑事でありながら、現役テラ連邦軍人だった。所属する別室から一年半ほど前に出向してきてシドと組んだのだ。
あまたのテラ人が汎銀河に暮らす現代、別室はそれらテラ系星系を統括するテラ連邦議会を裏から支える存在で、ときには非合法活動にも従事するスパイの実働組織である。
曰く、『巨大テラ連邦の利のために』。
別室員たちはこれをスローガンに、日々諜報と謀略の情報戦にいそしんでいるのであった。
そんな組織が出向させたからといって放っておいてくれるほどスイートである筈もなく、未だにハイファにはたびたび任務が下される。そしてそれは統括組織の違いも何のそので、今では刑事としての相棒であるシドにまで名指しで降ってくるのだ。
ハイファが現役軍人で別室員だという事実は公表されていない。機動捜査課で知るのはヴィンティス課長とシドのみという軍機、軍事機密である。それ故『出張』だ『研修』だと惑星警察サイドを誤魔化しては出掛けるハメになるのだ。
急速に不機嫌に陥ったバディの心模様を悟ったハイファは、若草色の瞳を階数表示ボタンに向けて、気を取られたフリをしている。
そのソフトスーツに包まれた薄い背にはシャギーを入れて後ろ髪だけ長く伸ばし、うなじ辺りで銀の留め金で束ねた明るい金髪のしっぽが腰近くまで垂れていた。
さらさらのそいつを掴んで引っ張ってやりたい気分に駆られたが、シドはグッと我慢する。ペアリングまで嵌めておきながら、職場でのシドはバディシステムがプライヴェートにまで及ぶことを未だに認めていない、照れ屋で意地っ張りなのだ。
八つ当たりでシドは視線をヤマサキに移して睨みつける。
「なっ……なんスか、先輩?」
「何でもねぇよ、黙っとけ!」
下降するエレベーター内では、ケヴィン警部やヨシノ警部、マイヤー警部補やゴーダ警部にナカムラたちが生温かい笑みを洩らしていた。別室の存在や任務の内容は知らずとも、空気の読める刑事たちはシドとハイファにばかり降ってくる『出張』に『研修』を機捜課七不思議などとは思っていない。
二人には何かあるというのを悟っているのだ。
それだけでなく二人の仲も当然ながら承知していて、揃ってシドとハイファを見比べてはニヤニヤしている。彼らの目に、ふいにシドは気付いた。
タイを締めないハイファのドレスシャツの襟元、第二ボタンまでくつろげて露わになった華奢な鎖骨の辺りに、赤いアザが見え隠れしていることに。
静かに焦るシドの気持ちをよそに、何度かエレベーターは停止し客を乗せては吐き出しながら、ようやく地下五階に辿り着いた。
辿り着いてオートドアが開くなりシドはハイファの腕を掴んで、ダッシュで箱から飛び出した。同僚たちの笑いを背に通路を駆け抜け、男性用の手洗いに飛び込む。
「ハイファお前、ナニやってんだよっ!」
「ナニって……あ、ついてた?」
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