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第2話
「『ついてた?』じゃねぇよ、気をつけろよな!」
確か昨日はついていなかった、ということは今朝のアレか……などと暢気に思い出しながらハイファは、自分の襟元のボタンをキッチリ留める男を超至近距離で見返した。
シドこと若宮志度。その名の通りにラストAD世紀、三千年前の大陸大改造計画以前に存在した旧東洋の島国出身者の末裔である。その特徴は色濃く残り、前髪が長めの艶やかな髪も、今は少々血走っている切れ長の目も黒い。
身に着けているのは綿のシャツにコットンパンツ、羽織っているチャコールグレイのジャケットはシドのトレードマークのひとつで、対衝撃ジャケットである。
これは挟み込まれたゲルにより、余程の至近距離でもなければ四十五口径弾を食らっても打撲程度で済ませ、生地はレーザーもある程度弾くシールドファイバという品だ。価格も特別の六十万クレジットだったが、もう何度も命を拾っている、いわばシドの制服である。
そんなものを自腹で買い込み、着て歩かなければならないくらいに日々がクリティカルな男だが、いかつい強面という訳ではなく、極めて端正な面立ちをしていた。
この男に出会ったその日に惚れて即、告白したのはハイファの方だった。
忘れもしない、広域惑星警察大学校・通称ポリスアカデミーの初期生と軍部内幹部候補生課程の対抗戦技競技会でのことだ。ともにテラ標準歴で十六歳だった。
二人は動標射撃部門にエントリーし、戦競の歴史に残る熾烈な戦いを演じて、過去最若年齢にして過去最高レコードホルダーとなった。その記録は未だに破られていない。
そのとき以来ハイファにとってシドが想い人となったのである。
だがシドは完全ヘテロ属性のストレートで、七年もの間ずっとハイファは果敢にアタックしつつも片想い、親友の地位に甘んじているしかなかった。
それが約一年半前、別室任務で初めてシドと組んだことがきっかけで、とうとうシドが堕ちてしまったのだ。互いに青天の霹靂だった。
あの事件で敵の差し回した暗殺者が手にしたビームライフルはシドを照準していた。だがビームを食らったのはハイファだった。シドを庇ったのだ。
お蔭でハイファの上半身は半分以上が培養移植モノである。
病院のベッドで目覚めたハイファを待っていたのはシドの告白という嬉しいサプライズだった。失いかけてみて、シドは失いたくない存在に気付き、宣言したのだ。
『この俺をやる』と。
「うーん、気を付けたいんだけどねえ。何せ出がけに噛みつく人がいるから」
「なんだよ、じゃあ要らねぇのか?」
出勤前のキスは二人の大切な儀式だが、それが今朝は少々エスカレートしたのであった。
「そうは言ってないじゃない。僕にはもう貴方だけ、貴方ならいつでも欲しいよ」
そう。もうハイファにはシドだけなのだ。
別室でのハイファはやはりスパイだった。ノンバイナリー寄りのメンタルとバイである身、それにミテクレとを利用し尽くし、敵をタラしては情報を盗るという、なかなかにエグい手法で任務をこなしていたのだ。
だがシドと結ばれた途端にそういった手法での任務遂行が不可能になった。シド以外を受け付けない、シドとしかことに及べないカラダになってしまったのである。
丁度その頃、別室戦術コンが『昨今の事件傾向による恒常的警察力の必要性』なるモノを弾き出し、使えなくなったハイファは惑星警察に出向という名目の左遷になったのだ。
「そうか……ハイファ――」
細い躰をシドは抱き寄せた。されるがままにハイファの唇はシドと……ニアミスする。
「うーっ、昨日飲み過ぎた、洩れる洩れる」
入って来るなりヨシノ警部が大声で喚き、シドとハイファも思わず小用を足すフリだ。
「おっ、イヴェントストライカも飲み過ぎか?」
並んだシドはヨシノ警部の科白に気を悪くする。
「それ、やめて貰えませんかね」
「飲み過ぎじゃないのか」
「そっちじゃありません」
「ああ? イヴェントストライカはイヴェントストライカだろうが。今朝も出勤時にひったくりと不法入星を現逮。昨日は、なんだ、ええと――」
「街金強盗と通り魔を狙撃逮捕です」
「おう、それそれ」
シドは余計な口出しをしたハイファを忌々しげに睨んだ。だがハイファは涼しい顔だ。
「『シド=ワカミヤの通った跡は事件・事故で屍累々ぺんぺん草が良く育つ~♪』ってね」
「ハイファ、テメェ、そいつを歌いやがったな!」
「道を歩けば、ううん、表に立ってるだけで事件・事故が寄ってくる超ナゾな特異体質は本当のことでしょうが」
「だからってお前まで……くそう、もういい!」
誰が言い出したか嫌味な仇名のイヴェントストライカ。だが抜群の現実認識能力も有していて、まるで否定もできない。事実として事件は起こり、自分は遭遇するのだ。
この特異体質、裏を返せば『何にでもぶち当たる奇跡のチカラ』故に別室にまで目を付けられ、別室任務に否応なく放り込まれるハメに至っている。
ムッとしたままシドは手を洗ってドライヤで乾かし、男子トイレを出た。
歩き出しながらヨシノ警部が左手首に嵌ったリモータを見る。
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