夏果つ(なつはつ)

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――水曜日の午前中。 「タケルー! こっち、こっち!」 「おっ、ユキヤー」  映画館のロビーで示し合わせたかのように、息子と息子のクラスメイトらしき少年が手をあげる。 「こんにちは、タケルくんと同じクラスの里中幸也(さとなかゆきや)です。今日はよろしくおねがいします」  俺たちに簡単に自己紹介を済ませる、ユキヤと呼ばれた少年は雰囲気がどこか大人びており、心なしかタケルに雰囲気が似ている気がした。  俺はいきなり登場した息子のクラスメイトに内心狼狽えるも、ユキヤの後ろに控えている両親の方も、終始落ち着かずに狼狽えていた。これでは、どっちが保護者なのかわからない。  もしかしたら俺たちも、里中夫妻から同じように見えているのかもしれない――そんな微妙な表情であり、俺たちは子供が子供らしくふるまってくれるから、親としていられるのだなと、そんなことを考える。 「こんにちは、安藤猛(あんどうたける)の父親です。息子がお世話になっています」 「どうも、妻です。もしかして、同じ映画ですか?」  思えば学校行事や授業参観はほぼ不参加で、学校の連絡はメール配信を流し()、保護者会は予約制のリモートだから、クラスメイトの保護者とは交流がほぼなく、顔も名前も覚えていない。  息子の面目を潰さないように、俺と妻は阿吽(あうん)の呼吸で親としてふるまうと、里中夫妻も縮こまった態度が溶けて、安堵が顔中に広がっていくのが見えた。 「こんにちは、里中幸也の母親です。今年の四月に転校してきたのですが、息子さんが良くしてくれるおかげで、いろいろと助かっています」 「この夏休みは、タケルくんのおかげで私達、すいぶんと助かりました。近所のこととか、いろいろ教えてくださって、あと、町内会を勧めてくれたおかげで、思ったよりも早く地域に溶け込めたんだと思います。本当に感謝しています」 「あっ、は、はあ、あっ。その、恐縮です」  赤の他人からもたらされた情報量の多さに、俺も妻も眼を白黒させた。子供たちは離れた場所で、キャラクターの等身大パネルをスマフォで写メしたり、並んで自撮りをしたりと、親たちをそっちのけではしゃいでいる。 「町内会、気にしていたんだ」  妻の言葉に、俺は気分が重くなった。  義母は生前に形だけでもいいから、町内会へ入るように俺たちに頼んだ。  地域のつながりが子供を守るという――時代錯誤も甚だしい理屈だった。  忙しいから、時間がないから、共働きだから、ローンを早く返したいから、それらの言い訳を盾のように固めて町内会を断り、近所の祭りや催し、町内清掃に一度も参加なんてしなかった。  自分たちはそれでよかったが、息子の方はなにか思うところがあったのだろう。俺たちは朝、仕事に向かう途中で、町内清掃を行う人々をなにも感じることなく通り過ぎていった。  わざわざ長靴を履いて、泥だらけになりながら側溝(そっこう)を掃除している人々を「なぜそこまでするのだろう」と、憐れむような気持で眺めていた。  俺たちは、どこかで間違えたのか?  自分たちに必要のないものだと切り捨てて、親としての役割を放棄して、ただ息子を狭い世界に閉じ込めただけなのか。そんな思考がぐるぐると頭に渦巻いて、俺はその場で叫びだしたくなった。……結局、できなかったが。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 【ビビと約束の魔法】  映画の内容は、魔法使いの弟子であるビビが、悪い魔女によって四季(しき)の家に閉じ込められるも、同じく囚われた子供たちと共に四季の家を脱出して、魔女をやっつける王道ファンタジーだ。  閉じ込められた四季の家には、四季をモチーフにした四つの部屋があり、春は赤ん坊、夏は子供、秋は大人、冬は老人を象徴しているらしい。  部屋に入ったら、いきなり赤ん坊になり、元に戻り、一気に老人となり、大人となり、キャラクターたちは翻弄され精神的に追い詰められるも、変化しつづける人生においてを知ることで、脱出を果たすのだ。  ビビの場合は、ともに四季の家を脱出した友人たちであり、彼らとの友情が永遠でありますようにと魔法をかけ、打ち倒された魔女はそんなビビを憐れむ。  そして、スタッフロールで大人たちは気づくのだ。  ビビたちを閉じ込めた魔女は大人になったビビであり、この件で友達となった子供たちは、すでにこの世を去っていることを。  悪い魔女となったビビは、幼い自分と友人たちを閉じ込めて、心を壊すことで、いずれ訪れる悲劇をなかったことにしようとしたのだ。 ――すべて、悪い魔女のせいにできるように。
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