夏果つ(なつはつ)

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 映画を観終わった後、里中家とレストランで食事(ランチ)をして、なごやかな雰囲気のまま駅で別れた。    ズケズケと家に上がろうとした、息子のクラスメイトと違って、ユキヤは礼儀正しくて好感が持てた。時折り言葉遣いが乱暴になるが、息子と同じ年代を考えると許容範囲。彼の両親も穏やかで、会話にユーモアがあり久々に楽しい外食ができたと思う。 「なぁ、もしかしてだけど」  昼下がりの町を、タケルを挟んで三人で歩く俺たちは、映画の感想とこれから取り掛かる感想文について話し合いながら、どこか(はや)る気持ちを持て余す。 「夏休みの宿題をやらなかったのって、俺と母さんと一緒に映画へ行きたかったからか?」  夏の熱気が薄れて、涼しい風が頬を撫でた。  親の指摘に、タケルは一瞬足を止めると、再び歩き出して呟くように言う。 「うん。うちもその日に行くんだって言っちゃって、引っ込みがつかなくなったんだ。ユキヤの親も一緒に行く気マンマンだったし、僕一人で三人の輪に入るのって、なんかイヤだったし」 「正直に言えばよかっただろ」 「普通に言ったって、父さんたちの優先順位があがるわけないじゃん。だったら、宿題をやっていないって、捨て身でいくしかないでしょ」 「そ、そんなことないわ」  親の見苦しい弁明に対して、返ってくるのは沈黙だった。 「今年の夏休みは、ユキヤくんと一緒に遊んでいたのか?」 「うん、ユキヤとはウマが合うんだ。だから、休みの間は楽しかった」  ようやく出された子供らしい言葉に安堵しつつも、道に転がる腹を出したセミの死骸が語るのだ。もうすぐ、この時間は終わると。  映画の内容で例えるなら、タケルはすでに秋の部屋の前に立ち、扉に手をかけている状態なのだろう。そして、扉が開いて秋の部屋に入ってしまえば、今いる息子は手の届かな場所へ行ってしまう。 「学校で困ったことがあったら、ちゃんと言ってくれよ。少なくとも、俺たちは親なんだから」 「……わかってる」  それはすでに決定しているのに、いつまでも夏の部屋に引き留めたいと思うのは、明らかに親のエゴだろうか。  とりあえず、二学期が始まったら「息子の言う軽いイジメ」に対して、担任に相談しようと、そんなことを考えた。
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