2.edge 前編

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2.edge 前編

とある映画の撮影で2ヶ月間、島にいた。 役者歴18年にして初めて同性愛を描いた作品に挑戦することになった。 話をもらったときは正直戸惑った。 でも脚本は素晴らしかったし、何より佐田監督の作品なら断るわけにいかないと思った。 佐田監督の作品は全部見てる。 ただのいちファンだ。 いつか使ってもらえたらいいなぁ~くらいにしか思ってなかった。 相手役が事務所の後輩で5つ下の矢萩蒼真。 矢萩とは初共演だ。 監督の意向で俺と矢萩は撮影に使われるアパートで寝泊まりすることになった。 その方が生活感が出ていいとのこと。 ほんとは旅館とかホテルが良かったし、二人で生活するのは不安でしかなかったけど監督の意向なら仕方ない。 そう思ってたが、案外彼との生活は悪くなかった。 お互い気を使わなくていいし、彼は基本静かに本を読むか音楽を聴いてたから邪魔でもなかった。 あと料理が上手かった。 彼の作る料理は家の近くの弁当屋より旨かった。 「旨い。」 と言うと彼は、 「ちゃんと旨いって言える人でよかった。」 と笑った。 俺たちは役については一切話をしなかった。 そもそもあまり話さなかった。 でも何となく相手がなにを考えてるか分かる瞬間があった。 俺は顔に出やすいけど、彼は全く出さない。 誰とでもすぐ打ち解ける。 気遣いができていつも笑ってる。 端から見てて疲れないのかなと思いながら眺めてる。 そうして俺は無意識に彼を見てた。 撮影が中盤で、はじめてのキスシーン。 とはいえ、甘くない。 何故なら俺の役は複雑で、簡単に人の愛を受け入れられないからだ。 最初は俺には全く理解できないと思ってた。 でも監督に、 「役者と役は縁で結ばれてるから、必ず自分と同じ部分があるはずだ。それを探すのが役者の一番の仕事だと思うよ。」 と言われたことがあった。 それから俺なりに考えてみた。 過去に付き合った彼女たちに言われた言葉を思い出してみたり、自分が彼女たちをどう思ってどう接してたのかを振り返ると少しずつだけど共通点が見つかった。 俺は分かったような気になってただけで、結局こいつと同じなのかもしれない。 「明日撮休だけど、どっか行くの?」 考え事をしてると不意に彼に聞かれた。 「いや、別に。」 「じゃあ、ちょっと付き合ってくれない?」 「いいけど、どこ行くの?」 「内緒。」 翌朝、朝早く起こされて連れてかれたのは カフェ。 彼は朝から甘そうなパンケーキを食べている。 俺は見てるだけで胸焼けがしてコーヒーだけ頼んだ。 「食べる?」 とフォークに刺さったパンケーキを差し出されなんも考えずに口を開けた。 端から見るとヤバイ二人だ。 でも何故か俺は彼といるとそういうことを躊躇なくできてしまう。 彼と目が合ってると視界が狭くなる。 まるで二人しかいない世界になる。 不思議な感覚だ。 だから芝居がしやすいのかもしれない。 周りが見えなくなる。 彼と向き合ってるとカメラやスタッフ、他の演者の存在を忘れる。 「今日は楽しかった。付き合ってくれてありがとう。」 「別に何もしてないけど。」 「二人でいるだけで楽しいんだよ。」 よく分からないけど、そう言われて嬉しかった。 二ヶ月はあっという間で、俺たちの毎日はとても充実していた。 終盤に差し掛かるにつれ、俺の役はヘビーになってきて一人で悶々とすることが増えた。 撮影が終わって家に帰るとホッとする。 ちゃんとオフになる。 彼とは趣味が合うから二人でよく映画を見た。 ビールとおつまみがあれば天国だった。 同じタイミングで笑って、同じタイミングで泣いてた。 そんな日々の終わりが近づいてることが寂しくなってきた。 「ここでの生活もあと一週間だね。」 「あっという間だったな。」 「思ったより楽しかったな。」 「思ったより楽しかった。」 「ホントに?」 「ほんとに。」 「ならよかった。」 たった二ヶ月なのに、もう彼と一緒にいることが普通になってた。 朝起きて、隣のベッドで寝る彼を見ると安心する。 おはようとおやすみを言い合える相手がいることは幸せなんだなと思う。 でも俺には全くそれが想像できなかった。 だからこの歳まで独身だった。 最後のシーンは彼と海辺で話すシーンだった。 彼が涙を流しながら俺に別れを告げる。 俺はそれを無表情で見つめている。 台本の彼の台詞は、 「ありがとう。今まで楽しかったよ。」 だけだった。 そう言われて俺は初めて彼を引き留める、というシーン。 たけど、本番で彼は台詞を変えた。 「俺はあなたに出会って愛が何かを知ったよ。ありがとう、出会ってくれて。」 彼がそう言った瞬間、芝居じゃなく彼の腕を掴んで抱き締めた。 本能的にそうした。 自分でも何故そうしたのか分からなかった。 カットがかかって、監督に 「よかったよ!」 と言われたが俺はほんとは撮り直したかった。 「台詞、急に変えてごめん。」 「え?」 「監督に言ったんだ。台詞変えたいって。」 「そっか。いや、何かグッときて体が動いた。」 「そう。ならよかった。」 彼が健やかな顔でそう言うから、これでよかったのか、と思った。 クランクアップして、家を出た時、彼とハグした。 「またね。」 「またな。」 そう言って別れた。 そう言って別れた一ヶ月後、俺たちは別の現場で再会した。 単発のドラマでまさかの共演。 今回は恋人、ではない。 彼は目が見えない耳が聞こえない役で、俺はその主治医。 割りと一緒のシーンが多い。 そして割りとナーバスなシーンも多い。 「まさか、またねがこんなに早く実現するとはね。」 「ほんとに。」 「俺たち縁があるのかもね。」 縁、ね。 確かにそれは感じる。 彼は目が見えない役だから、今回俺は彼を体ごと支えなければならないシーンが多かった。 なんなら恋人役をやってた前作より触れ合うことが多い。 最初は不安だったけど、初めてリハーサルした時にその不安は消えた。 俺は感覚的に彼が次にどう動くか分かる。 どう動いて欲しいかが分かる。 だから戸惑わなかった。 監督が、 「何だか息ピッタリだね。」 と言った時、彼が笑って 「そりゃ二ヶ月同棲してましたから。」 と答えた。 「その言い方は語弊を生むだろ。」 「あ、そうか。」 「それに同棲してたからじゃないと思う。」 「え?」 「本能的に分かる。お前が次にどう動くか、とか。」 「俺も分かってくれると思って安心して体を預けてる。」 「そっか。」 「ホントはこの役受けるか迷ったんだよね。難しい役だし。でも主治医の役が春野さんだって聞いて大丈夫って思った。あと春野さんと芝居するの楽しいし。」 恥ずかしげもなくそんなことを言えてしまう彼が羨ましい。 「俺もお前と芝居するの楽しいよ。」 それだけは素直に言える。 「矢萩くんと春野さん、二人でいると世界に入っちゃいますよね。」 帰りの車でマネージャーに言われた。 「え?」 「二人だけの世界。他の共演者の方がはいれないような。」 「全然自覚ないけど。」 それはまずい。 そう思って少し彼とは距離をとることにした。 今回の彼の役には恋人がいる。 彼女ともコミュニケーションをとらなきゃいけないだろうし。 でも避けてると思われるのもまずいし。 と思ってたけど、彼は理解してくれていた。 「みんなでご飯行きましょうってことになったけど、春野さんどうします?」 「あー、いや俺は遠慮するよ。」 「って言うと思った。一応ね。このドラマ終わったら飲みに行きましょうね。」 彼のこういうとこに救われてる。 撮影は順調に進んであっという間にクランクアップを迎えた。 最後のシーンは何だかんだありながら彼が恋人とよりを戻すシーン。 何故か俺はそこに立ち会う役。 俺要らないだろと思いながら画面の隅に映っている。 変な感じだ。 彼が誰かと抱き合ってるとこを見るのは。 でも嫉妬とかそういう感覚ではない。 不思議な違和感。 「お疲れさまでした。」 恒例の花束を渡してきたのは彼だった。 「監督に代わってって言いました。今回も春野さんのおかげでやり遂げられました。」 「いや、俺は別になにも。」 「側にいてくれるだけで十分。ありがとう。」 「こちらこそ。」 彼と久しぶりにハグしたら、ある場面がフラッシュバックした。 二人で海を眺めてる。 映像はボヤけてるが確かに彼だった。 でも俺たちは二人で海に行ったことなんてない。 あれは彼であって彼ではない。 「春野さん?大丈夫?」 彼の目を見た瞬間、全部分かった気がした。 そうか、彼と俺は昔から繋がってたのか。 そう思うと全てが府に落ちた。 何故、彼のことを怖いと思ったことがないのか。 何故、彼のことを無条件で理解し受け止めることができたのか。 何故、彼といると落ち着くのか。 でも彼にそれを告げるのは止めた。 彼は気付いてないだろうし。 変に思われるのがオチだ。 「蒼真、出会ってくれてありがとう。」 酔った勢いでそれだけ伝えたら、 「なに別れの言葉みたいに。俺たちは多分まだまだ続くよ。」 「え?」 「勘だけど。」 そうにっこり笑った。 そして彼の勘は当たった。
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