3.edge 後編

1/1
前へ
/4ページ
次へ

3.edge 後編

俺たちの映画がアジアの映画祭で上映されることになった。 ということで、俺たちはまた行動を共にすることに。 プロモーションも兼ねて数ヵ国回ることに。 ちょっとした小旅行だ。 彼は旅行が好きでよく海外に行くらしく、それでもウキウキだった。 飛行機が苦手な俺の横ではしゃいでた。 でもおかげであっという間のフライトだった。 仕事の合間に一緒に観光名所に行ったりご飯を食べたりした。 「ハルさんと一緒でよかった。」 「俺みたいなおっさんより女の子の方がいいだろ。」 「おっさん?ハルさんが?」 「お前の5つ上だぞ。」 「そんなの感じたことないな。許されるならさん付けしたくないぐらい。」 「別にいいけど。」 「いいの?」 「いいよ。」 「...ハル?」 彼の目を見るとまた世界に入ってしまいそうだ。 いやもはや手遅れか。 「ハルに蒼真って呼ばれるの好きだな。」 「じゃあ俺もそう呼ぶ。」 「ふふ。なにこの恋人感。」 恋人、とは違う気がする。 俺はそんな甘い気持ちにはならない。 今まで付き合ってきた彼女たちの前ではカッコつけていい男を演じようとしてきた。 完璧な彼氏、望まれる彼氏でいようとしてた。 だから忙しくても彼女たちのワガママに応えたし、欲しいと言われたら大抵のものは与えた。 それが自分の喜びだと思い込んでた。 でも本当は疲れたし、彼女たちからの着信を見ると逃げたくもなった。 そして挙げ句、彼女たちから言われる言葉はいつも 「あなたは私といて楽しい?」 だった。 バレないようにしてたのにいつもバレる。 女の勘は鋭い。 そんなことの繰り返しで俺はいつしか恋愛というものから距離をおきたくなってた。 めんどくさい。 と処理して右から左に流す。 彼との時間にはそのめんどくさいが一つもなかった。 「なに眠いの?」 「眠い。何かお前といると眠くなるんだよ。」 「それはいいね。俺からマイナスイオンでてる?リラックス効果あるのかな?」 「ホテル帰って寝る。」 「俺はもうちょっと夜風に当たるよ。」 「気を付けろよ。何かあったら電話して。」 「はーい。」 ホテルに帰ってシャワーを浴び、夜風に当たってると電話が鳴った。 彼からだ。 「どうした?」 「うん?いや、声が聞きたくなって。」 「なんだよそれ。もう帰ったのか?」 「ちょっと野暮用ができてさ、一旦日本に帰ることになった。」 「野暮用?」 「うん。ごめんね。すぐ戻るよ。」 「おう。」 電話を切って眠りについた。 今思うと、あの時の彼は少し変だった。 後悔してるのはあの時、彼の部屋を訪ねなかったことだ。 壁一つ、たった一つ隔ててるだけだったのに。 そしたら彼を抱き締めてやれたかもしれない。 そう思う。 彼はしばらくして戻ってきた。 いくつかのプロモーションは監督と二人だけだったけどまぁ難なく終わった。 戻ってきた彼はいつも通りだった。 なんならパワーアップしたぐらい。 いつも以上に明るかった。 「飲み過ぎ。」 彼のグラスを取り上げるとブーブー言われた。 彼は戻ってきてからあまり俺に近づかなかった。 距離を感じた。 わざと避けてるような。 でもまぁ気にすることでもないかと思ってた。 帰国して二ヶ月ほどした頃、SNSで彼の母親が亡くなっていたことを知った。 あの時だ。 そう思った。 彼がなぜ戻ってきたとき、不自然なぐらい明るかったのか。 酔いたかったのか。 俺から離れてたのか。 でも今さら彼に何を言うべきか分からなかった。 そんな時、映画の助監督の結婚式に招待された。 彼と会うのは半年振りになった。 「どう?馬子にも衣装?」 「いや、似合ってるよ。」 彼のスーツは見るからに高そうだった。 彼は役者をやる傍らモデルもやってる。 「ハルのスーツ姿セクシーすぎ。ここにいる人誰でも口説けるよ。」 「...お前、なんで言わなかった?」 「何を?」 「母親が亡くなったこと。」 「...うーん。なんとなく。」 「なんとなくって。」 「...ハルに言うと泣いちゃいそうだったから。」 「え?」 「泣きたくなかったんだよ。悲しみで心を満たしたくなかった。それは俺の主義に反するから。」 彼の凛とした横顔、いつもなら見とれるほど好きだけど今は何だか心配になる。 彼は強いけど、その強さで自分を壊してしまいそうで。 でも、だからといって俺には何もできない。 結婚式の二次会で彼は酔い潰れて気がつくと俺の肩に頭を置いて寝ていた。 俺は責任をもって彼を連れて帰った。 そうなるかもと思って一滴もお酒を飲まなかった自分を誉めてやりたい。 あんな場でお酒を断り続けるのは至難の技だ。 彼をベットに寝かせた。 少し痩せた気がする。 悲しみは彼の体を蝕む。 心だけじゃない。 彼の目から伝う涙を拭うことしかできない無力な自分を呪いたくなる。 「あんなに近くにいて、側にいたのに。」 そう呟くと彼が目を閉じたまま、 「あなたは優しいから。優しすぎるから怖くなる。」 と言った。 「彼女たちには優しすぎてつまらないって言われたよ。」 「そんな女たちとは別れて正解だね。」 「...蒼真、大丈夫か?」 俺がそう聞くと彼は手で目を塞いだ。 だから手をどけて彼の目を見た。 「泣かないよ。一人でさんざん泣いたから。」 彼は笑って起き上がった。 「シャワー借りていい?」 「いいよ。」 「シャンプー借りていい?」 「いいよ。」 「キスしていい?」 「い、え?」 気が付くと唇を奪われていた。 「...無力だなんて思わないで。あなたが存在してくれてるだけで俺は強くなれるんだから。安心して息ができる。明るくいられる。」 「なに、心読んでるんだよ。」 「へへ。」 「...蒼真、抱き締めていいか?」 「いいよ。」 彼と抱き合うと分かる。 これが幸せなんだと。 離したくないと思う。 「離れたくないなぁ。」 そう口にしたのは彼の方だった。 「同じこと思ってた。」 「でも離れないと顔見れないしな。」 「見たいか?こんな顔。」 「なに言ってんの。あなたの顔、最高にかっこいいのに。」 「顔だけ?」 「なわけないでしょ。」 そう言うと彼はとっととシャワーを浴びに行った。 俺はようやくキンキンに冷えたビールを注いだ。 正直、俺は彼に出会うまで何となく人間だった。 何となくこの仕事を続けて、何となく楽しんで、何となく終わっていく。 そんな人生だと思ってた。 この歳まで得られなかったものが、この先得られるとは思えなかった。 ずっと受け身だったんだ。 欲しいものなんてなかった。 だから何にも手を伸ばさなかった。 与えられたものを大事にしよう、そう思ってきた。 必要としてくれる人のために頑張ろうって。 でもそれだけじゃダメなんだと彼と出会って分かった。 初めてだ。 抱き締めたいと思う相手と抱き合ったのは。 悲しみを全部を受けとりたいと思ったのも。 「あ、ビールいいなぁ。」 「お前は飲み過ぎ。」 「ハルが面倒みてくれるって分かってたからだよー。」 「飲むだろうなと思って飲むの我慢したけど。」 「さすが。でもごめん。」 「いいよ。お前が楽しそうだったから。」 「あんまり俺のこと甘やかしたらダメだよ。」 「そんな時しか甘えてくれないからいいよ。」 「俺より俺のこと分かってるね。」 「お前だって。」 「俺たちのさ、関係にわざわざ名前をつけなくてもいいよね。」 「そうだな。」 「どうせ結婚もできないしさ、この国じゃ。」 「できるとしたらする?」 「派手に結婚式とかして?」 「披露宴でお色直し3回。」 「招待客は100人。ワイドショーが中継して。」 「そしてすぐに忘れられる。」 「そう。幸せなニュースはすぐにね。」 「でも俺は忘れないよ。この夜のことも、お前と出会ってからのこと全部。」 「俺も。多分、生まれ変わっても。」 二人で同じベッドで眠るのは初めてだった。 普通ならここで彼を抱くんだろうけど、お互い疲れきっていてそんなことも考え及ばなかった。 朝起きると彼を抱き枕にしてた。 「おはよ。よく眠れた?抱き心地よかったでしょ。」 「良すぎた。今何時?」 「10時。」 「寝すぎだ。腹減ったな。」 「なんか作ろうか。軽いものなら作れるよ。」 「任せる。」 「あ、そうだ。」 「ん?」   「マネージャーから連絡来てて、連ドラのゲスト出演決まったって。」 「へぇ、良かったな。」 「また一緒だよ。よろしくね。」 「...は?」 どこまで続くのかこの縁。 でも彼とならどこまでも。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加