4.small world

1/1
前へ
/4ページ
次へ

4.small world

配信者を初めて今日で10年。 なんとか一本で飯を食えてる。 なかなか幸運な人間だと自分で思ってる。 もちろん紆余曲折あったし、苦労もしたけど、辞めようと思ったことはなかった。 それは仲間にも恵まれてたからかもしれない。 特に同じ歳の配信者たちとは仲良くやってる。 付き合いは長いのに、会ったことはあんまりないけど。 その中の一人、又野さんとはやけに馬があった。 お互い独身で、地方からでてきてるし、性格は違うけど価値観が合う、 だから一緒にいて楽だった。 知り合って3ヵ月過ぎた頃、お互い引っ越ししなきゃいけない状況で、 「なんなら一緒に住まん?俺、いい物件見つけたんだけど一人で住むには広すぎやし、家賃も高いんよ。」 と言われて即決した。 防音室を二つ作って、快適に配信ができる環境もできた。 なにより、彼が連れてきた猫が可愛すぎた。 元々猫が好きだった俺にとっては天国だ。 「沢渡さんが猫好きでよかったわ。」 「ずっと飼いたかったんすけど、面倒見れるか心配で。」 「可愛がってくれてありがとね。」 俺たちは役割分担もきちんとしてる。 俺は料理が得意で、彼は掃除が好き。 だから自然と生活は成り立った。 周りからは 「男二人でルームシェアなんかしたら婚期遅れるぞ。」 と心配されたが、そもそも俺たちは二人とも結婚願望がなかった。 「もし彼女ができたら、その時はその時で考えよう。」 と協定を結んだが、二年たった今、どちらにも彼女なんていない。 俺の理由は明確だ。 そもそも出会いがない。 出会いの場に行くこともない。 家が大好き。 でも彼は社交場にも顔を出すし、どちらかというと外にでていく方だ。 そこそこ男前だし、モテないことはない。 だから謎だった。 「何で彼女いないの?」 ある日、酔った勢いで聞いてみた。 「なんで?んー...作る気がない。」 「興味ないってこと?女の人に?」 「いや、そういう訳じゃないけど。なんだろうな...二人でいるのが楽しすぎるのかも。」 「え?俺と?」 「うん。気使わなくていいし。沢が女だったら完璧なんよ。」 「すまんね、男で。」 「でも...男でもキスぐらいはできそう。」 彼は酔ってるのもあっておかしかった。 まさかホントにキスされるとは思ってなかった。 「なにしてんの?」 「全然大丈夫だわ。沢は?」 「それ聞く?」 「アリとナシだったらどっち?」 「それ聞いて、俺がアリって言ったらどうすんの?」 「も一回する。」 俺もそこそこ酔ってた。 だから二回目は俺からした。 「どうすんの、キスなんかして。」 「そうやねぇ。でも今だから言うけど、俺はここで一緒に住むって決まったときからいつかこうなるって分かってたよ。」 「はっ?」 「仕掛けたのはそっちだよ?」 「仕掛けてないし。」 「じゃあ、なんで聞いたの?興味なかったら聞かないでしょ。」 「それは、」 「俺はゲイではないけど、沢のこと好きだよ。沢といる時が一番自分らしくいられる。二人の時間が好き。」 「それは俺もそうだけど。」 「これは恋愛ではないけど、むしろ恋愛なんかより深い気がする。」 「なにそれ。」 「分からんくてええよ。さて、寝るか。おやすみ。」 彼はあくびをしながら自分の部屋に入っていった。 俺は完全に酔いがさめて眠れなかった。 前から変な人だとは思ってたけど、ここまでとは...。 でもなんで俺もキスをしてしまったのか。 それから何事もなく日々は過ぎた。 彼はあの日から何も変わらない。 だから俺も忘れることにした。 二人で暮らしだして3年目突入。 配信仲間を家に呼んで飲み会したり、それを配信したりした。 「ケンカとかしないんですか?」 「しないなぁ。」 「何かもう夫婦みたいですね。」 「え?」 「なんか老夫婦みたい。」 後輩にそういわれ複雑な気持ちになった。 俺たちは体の関係こそないが、この居心地のいい小さな世界の中を抜け出せなくなるんじゃないか、と思うことがある。 だからって離れる理由になるほどではない。 もっと決定的な理由がいる。 例えばこの仕事をやめて地元に帰らなきゃいけなくなるとか、親の会社を継がなきゃならなくなるとか、死ぬとか? でも全ての可能性がゼロだ。 この仕事をやめる予定はないし、親は死んでる。 俺たちが離れる決定的な理由はどちらかが死ぬことしかない。 ...それって死が二人を別つまでとかいうやつ? 「沢、しばらく実家帰るわ。」 「え?」 俺なんか怒らせるようなことしたっけ? これって嫁が実家に帰らせてもらいます、みたいなやつ? 「実家で飼ってる犬がヤバイらしくて、ちょっと付き添いたいから。」 「あ、そっちね。」 「そっち?」 「いや。なんでもない。」 一週間ほどで帰ると言ってたがもう二週間になる。 もうこのまま帰らないかもしれない。 そしたら俺、どうするだろう? そんな時だった。 いつも余計な世話を焼いてくれる親友が独り身の俺の心配をしてえらく綺麗な女性を紹介してくれたのは。 「椎名慧子さん。お前のファンなんだって。」 「え?」 そんな紹介から始まり、割りと話しも弾んだ。 「沢渡さんて、又野さんと同居されてるんですよね?」 と彼女に聞かれて何故か動揺した。 「なんで知ってるんですか?」 俺は一度も言ったことないのに。 「又野さんが配信で言ってましたよ。何か沢渡さんといると雲の上にいるみたいなフワフワした気持ちになって居心地がいいって。」 「雲の上。」 「又野さん、好きなんだろうなって沢渡さんのこと。」 「へぇ。」 彼女を駅まで送り届けた後、彼からLINEがきてることに気付いた。 もうすぐ帰る。なんか買って帰るものある? その文言を見た時、とうとう気付いてしまった。 家に帰ると彼がキッチンにいた。 「おかえり。どこ行ってたの?」 「めっちゃ美人と飲んでた。」 「へぇ。楽しかった?」 「楽しかった。でもお前ほどじゃない。」 気付いてしまった。 俺はもう多分ずっと、彼が死んで永遠に会えなくなってもこの小さな世界からは抜け出せないんだ。 彼は知らず知らずのうちに俺の中に自分の部屋を作ってしまったから。 住み着いたら一生出ていってはくれない。 「これ地元の地ビール。旨いらしいよ。」 「へぇ。」 「なに?何かあった?」 「いや、ただ忘れてるよ。」 「え?何なに?」 「ただいまのキス。」 だったら俺も彼の中に自分の部屋を作って住み続けてやる。 「そういうのちゃんとするタイプの旦那なんやね。」 「嫌?」 「全然。大歓迎。ただいま。」 この小さな世界に帰ってこれることを幸せってことにしよう。 そしたらきっと、全部が良くなる。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加