第1話・朝の喉を潤す超能力犯罪

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第1話・朝の喉を潤す超能力犯罪

 朝の通勤もビル風が少々冷たく感じられるようになってきた。見上げればビル同士の腹を串刺しして繋ぐ通路のスカイチューブが何本も交差して青空を切り分けている。  あれを使っても通勤できるのだが、上司であるヴィンティス課長の懇願も耳がキクラゲになったような顔をしてシドは無視し続けてきた。  その点については肩を並べた相棒(バディ)のハイファも諦めている。  だがそれを諦めて地べたを歩くと、今度はAD世紀から三千年の現代に於いて、それもここ母なる地球(テラ)本星セントラルエリアでは、まず起こりえない事件(イヴェント)遭遇(ストライク)する覚悟をし、身構えておかなければならないのだ。  シドもハイファも太陽(ソル)系広域惑星警察で刑事をしている以上、自室のある単身者用官舎ビルから、たった7~800メートルの距離にあるセントラル地方七分署まで緊張感を維持して歩くのは刑事の鑑と言えるのかも知れない。  けれど今どきテラ本星セントラルに住まう人間でカラダを張った犯罪にいそしむヤツなど絶滅危惧種(レッドリスト)に入れてもいいくらいだ。義務と権利のバランスが取れた世界で皆、醒めているのである。 「やっぱり朝は外の空気を味わって通勤するのが爽やかでいいよな」  伸びをしつつ程良く気の抜けた声でのたまったシドをハイファは横目で見た。 「そりゃあ『刑事は歩いてナンボ』を標榜する貴方は満足でしょうねえ」 「何だよ、ハイファ。大昔のヒコーキと違ってブンブン飛んでるBEL(ベル)も、道に溢れかえってるコイルも反重力制御で空気はクリーン。文句あるのか?」 「環境に文句はありません。ただね、僕のバディが『イヴェントストライカ』って二つ名に恥じないだけの『何にでもぶつかる謎のチカラ』を発揮する、サイキ持ちみたいな人なんだよね……」 「ふん。俺は超能力(サイキ)なんか持ってねぇよ。登録IDにも特記事項はナシだ」 「でもねえ、事実は事実として認めないと命に関わるし……まあ、あーたが突出した現実認識能力と危機管理能力も発揮する人で助かってるけど」  今更言っても無駄と知っているので否定より褒める方向に転換したハイファはハイファス=ファサルートという。背こそ低くないが薄く華奢な身をドレスシャツとタイを締めないソフトスーツで包み、明るい金髪をうなじで銀の留め金を使って束ねていた。シャギーを入れた長いサラサラの毛先は腰辺りまで届いている。  白い肌に優し気な若草色の瞳の美人だがれっきとした男性……ではあるものの、メンタルはノンバイナリー寄りだ。  一方でシドは三千年前の大陸大改造計画前に存在した旧東洋の血を引いていて、本名も若宮(わかみや)志度(しど)という。前髪が長めの艶やかな黒髪に切れ長の目、非常に整った造作で『女性に不自由したことはない』が、既に一生、どんなものでも一緒に見てゆくと誓ったパートナーでもあるハイファの前では口が裂けても言えない。  綿のシャツにコットンパンツというラフな格好の上からチャコールグレイのジャケットを羽織っていた。このジャケットは耐衝撃ゲルが挟まれていて見た目より数段重たく、代わりに45口径弾を食らっても余程の至近距離でもなければ打撲程度で済ませる優れものだ。  おまけに生地はレーザーをもある程度弾くシールドファイバである。夏は涼しく冬は暖かいという本人の自慢はさておき、自腹で60万クレジットを投資しただけあって、もう何度も命を拾っていた。  そこでシドの足元にコロコロと飲料のボトルが転がってくる。拾おうとするが次々転がってきて、目を上げると歩道脇のオートドリンカに男が蹴りを入れていた。オートドリンカは我が身に危険ありと『ビィビィ』警告音を鳴らし始めて出勤途中の人々が何事かと振り返ってゆく。  次の瞬間、オートドリンカが地から浮き、更に宙に舞った。少なく見積もっても500キロはありそうな機器である。それに普通は盗難防止で地面とくっついているモノだ。  蹴りを入れていた男が飲料を飲みながらこちらを向く。飲料を飲み続けながらも男の興味がシドとハイファに向いたのが視線と口元の嗤いで分かった。 「シド、サイキ持ち!」 「分かってる! 署に発信しといてくれ」  言われる前にハイファは素早く左手首に嵌めた携帯コンのリモータの短縮ボタンを押していた。 「PK使い、それも相当の使い手だよ。気を付けて!」  汎銀河中でも髪の毛一本持ち上げるだけが精一杯という者も含めてたったの五桁という稀少人種が何故こんな所にいるのか分からない。そのサイキが使いでのあるモノなら、さっさと軍その他の組織に擁されてしまうのが普通なのだ。  しかし今はそんなことは後回し、オートドリンカが二人めがけて降ってきたのである。  反射的に避けきれないと判断したシドは、ハイファを背に庇うなり銃を抜き撃っていた。  
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