第10話・喧嘩も命懸けの熱血刑事。ガキか

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第10話・喧嘩も命懸けの熱血刑事。ガキか

 ヘイワード警部補にハイファが応えていると再びサイレンが響き始め、中型BELの救急機が飛来した。接地する前に作業服とヘルメットの救急隊員が飛び降りてくる。自走ストレッチャを伴い走ってくると、女性と中年男と腕一本を収容、移動式再生槽に全てを投げ込んで即、テイクオフした。  鑑識作業の間、シドたちは洋品店の従業員を中心に事情聴取を進める。  興奮した女性たちを宥めながら話を聞いたが、中年男は以前から交際を断られ続けて被害女性を逆恨み、犯行に及んだらしかった。奇声を上げてオートドアをリミッタの外れた力で蹴り割った中年男は、合法か違法モノか分からないが何れクスリを摂取していたと思われる。 「おーし、実況見分やるぞ!」  ヨシノ警部の音頭で始めた実況見分は慣れたメンバーでするすると済み、総員撤収となってケヴィン警部がシドに告げた。 「おい、シド。例の如く課長が『BELで帰れ』だとさ」  事件の深刻さを考えると逆らう気にもなれず、シドはハイファとともに緊急機に乗り込む。テイクオフした緊急機内でハイファは、隣に座ったヘイワード警部補を何となく見た。シワシワのワイシャツを身に着けたヘイワード警部補は、無精ヒゲの生えた顔を両手で撫でて、アブラをワイシャツに擦りつける。  強烈なオッサン臭を放つ男からハイファが僅かに身を傾がせて距離を取った。そんなハイファにヘイワード警部補は肩を竦めて言い訳する。 「そう嫌わんでくれ、ハイファス先生。あんたと旦那が持ち込んだタタキと通り魔の裏取りがまだ終わらん。これで十四日連勤だぞ、ムゴいだろうが」 「同情誘おうったって無駄ですよーだ。カードゲームのペナルティで深夜番を背負ってるの、知ってるんですからね。いい加減に博打に手を出すの、やめればいいのに」 「まあ、堅いことを言うな。シドの旦那と嫁さんのハイファス先生と違って平々凡々の人間にとっちゃ、たまには博打も人生の潤いになるってもんだ」  ふいの『嫁さん』口撃にシドは怯む。  歩いて四十分の距離をBELは五分足らずに短縮し、シドが怯んでいるうちに緊急機は七分署の駐機場に滑り込んだ。降機してヘイワード警部補は五階の捜一に帰り、シドたちは機捜のデカ部屋に戻る。  戻ると泣き出しそうな顔のヴィンティス課長が待ち受けていた。 「若宮志度巡査部長、ハイファス=ファサルート巡査長、前へ」 「どうしたんですか、課長。熟成培養肉の切り落として捨てる部分みたいな顔色してますよ?」  部下の毒舌に頬を引き攣らせながら、ヴィンティス課長は声を押し出す。 「一日に三枚の始末書を書く気分はどうだね、シド」 「単独時代に六枚の記録がありますからね、まだまだですよ」 「ふざけているんじゃないっ! わたしは外出禁止を申し渡した筈、それを無視した挙げ句に狙撃逮捕とはイヴェントストライカとしての自覚が足らん! もうわたしはセントラルエリア統括本部長に何と報告してよいやら――」 「――ちょっと待って下さい、課長。何で俺だけ責めるんですか、ハイファもいたのに」 「えっ、そこで僕?」  他人事のような涼しい顔をしていたハイファは心底驚いたようにシドを見た。 「バディだろ、バディは全てを一緒に背負うんだ。当たり前だろ?」 「ヤダなあ、イヴェントストライカと同一視されるなんて」 「今、何か言ったか、ハイファ?」 「だってイヴェントストライカって言ったら、イヴェントストライカだよ?」  今まで繰り返してきた科白を真顔で放ったハイファをシドは睨みつける。  そのうちに言い争いがエスカレートし、やがてはシドがハイファのしっぽを引っ張り、ハイファが愛銃テミスコピーの銃口をシドの首筋にねじ込むに至った。  繰り広げられる騒ぎにケヴィン警部が胴元で今日はどちらが勝つかの賭けが始まり、ヴィンティス課長は多機能デスク上の薬瓶を取って、掌に赤い増血剤とクサい胃薬をてんこ盛りにした。  紙コップの冷めた泥水コーヒーで錠剤を嚥下した課長は、ブルーアイに哀しげな色を湛えて二人を暫しじっと見つめたのち、陰惨な声で言い渡す。 「もういいから書類に取り掛かりたまえ」  するりとハイファはテミスコピーを懐に仕舞い、シドも金髪のしっぽを離してデスクに着いた。賭けをしていた皆は面白いイヴェントが終わってしまい、ガッカリして溜息をつく。  席を立ったハイファは泥水の紙コップをふたつ調達し、打ち出してきた報告書類と始末書A様式をキッチリ半分シドのデスクに置いた。 「はい、たった四枚プラス始末書だからね。頑張って書きましょう」 「くそう、誰も仕事なんかしてねぇってのに、俺たちだけ書類地獄なんてアンフェアだ」  文句を垂れていても書類は減らない。しぶしぶシドはペンを取る。  ふと気付くと左隣のヤマサキの席にマイヤー警部補が紙コップを持って腰掛けていた。 「あ、何ですか?」 「マル被とマル害が運ばれたセントラル・リドリー病院に行って参りましたので。マル害の女性、アニー=オコーナーは脳にメカを入れて、何とか普通の生活に戻れるそうです」 「そうですか。んで、マル被のダリウス=デクスターは何を食ってたんですか?」 「それが合法・違法ともに何の薬物反応も出なかったとか」 「何もって、ジャンキーじゃなかったってことですか?」  紙コップの泥水をひとくち飲み、マイヤー警部補はシドの問いに頷く。 「医療スタッフの見解はそういうことですね。ただ偶然かも知れませんが、ここ三日間で類似の暴行事件が四分署と八分署の管内で起こっています」
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