第11話・おやつは芋虫と蝸牛。宇宙ヤバい

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第11話・おやつは芋虫と蝸牛。宇宙ヤバい

 そんな暴行事件が連続発生しているなどとは耳にしておらず、シドは首を傾げた。マイヤー警部補は頷く。 「ホシも確保されていますから、それで我々の耳に届かなかったんでしょう」  つまりは帳場と呼ばれる捜査本部も立たなかったので、特に余所の管轄までは噂も流れて来なかったということだ。シドは少々考えたのち、マイヤー警部補に頷き返した。 「了解です、ありがとうございました」 「では、書類頑張って下さい。皆さん、十七時半です、定時ですよ」  涼しい声でマイヤー警部補が言い、手を叩く。ヒマそうにしていた人員が一斉にオートドアの傍にあるデジタルボードに並んだ。自分の名前の欄を『在署』から『自宅』に入力し直した者から順に帰って行く。それを見てシドは少々焦り始めた。  結局全ての書類と始末書を書き上げ、ハイファと一緒にFAX形式の捜査戦術コンに紙切れを食わせ終えると、十八時を過ぎていた。いつの間にかヴィンティス課長もいない。  二人は本日の深夜番であるケヴィン警部とヨシノ警部の幹部コンビに挨拶をし、デジタルボードを入力し直すとデカ部屋を出た。  署の外に出ると朝の爽やかさからは想像できないほど、乾いた風はますます強くなっていて非常に寒かった。思わず身を固くしながら、二人は右に針路を取る。自室のある単身者用官舎ビルへと足早に帰路を辿りながらシドは上空を仰ぎ見る。  超高層ビル同士を繋ぐ通路のスカイチューブには色分けされた航空灯が鈴なりに灯り、ビルの窓明かりと相まってクリスマスイルミネーションの如き騒々しさだ。光害で星などひとつも見えない。満月に近い(ルナ)だけが黄色く夜空にぶら下がっている。  道のりの半分ほどを歩いた辺りでハイファに訊いた。 「主夫の買い物はどうすんだ?」 「行くよ。タマが待ってるから急いで買い物しなきゃ」  官舎の地下には一般人も利用できるショッピングモールがあり、そこに入居するスーパーマーケットで仕事帰りに食材を買い求めるのがハイファの日課なのである。  料理の知識もセンスもゼロのシドは、キッチンではコーヒーを淹れるか酒を注ぐことくらいしかできない。台所仕事の全てをハイファに任せきりだ。ハイファはハイファでシドに栄養のある食事を摂らせることが殺しやタタキの一、二件よりも大切だと言って憚らない。 「なあ、今晩は何を食わせてくれるんだ?」 「寒いからまたお鍋にでもしようと思うんだけど、希望はある?」 「肉食いたい、肉」 「貴方そればっかり。野菜のビタミンも摂って貰いますからね」  本日のストライクは消化したのか、何にもぶち当たらずに官舎の根元まで辿り着く。外部エレベーターで地下に降りた。広いプロムナードを歩いて目的の店に向かう。  主夫御用達のスーパーマーケットに足を踏み入れるとシドはタダの荷物持ち、カゴを載せたカートを押してハイファに付き従った。ここからが文字通り女房役の本領発揮、ハイファは野菜や果物などの鮮度を確かめながら次々とカゴに投入していく。 「あっ、培養肉のタイムセールしてる、行ってくるっ!」  怒濤の主婦軍団の中に飛び込んで行く相棒のバイタリティにつくづく敬服しながら、シドは少し離れて待った。そこで背後から忍び寄る気配を察知し、振り向くなりこぶしを突き出す。だが右ストレートは寸止め、その手首の腱には銀色に光るメスの刃が突き付けられていた。皮膚まで僅か五ミリという距離である。 「先生、危ねぇからやめてくれって」 「仕掛けたのは殆ど同時だろうが」  互いにニヤリと笑ってこぶしを引っ込め、メスは白衣の袖口にスルリと仕舞われた。 「マルチェロ先生、今帰りか?」 「おうよ。ハイファスは……参戦中かい。相変わらず勇気がありますねえ」  ボサボサの茶髪に剃り残しのヒゲが目立つこの独身中年男はマルチェロ=オルフィーノ、シドの自室の隣人である。おやつのイモムシとカタツムリ(生食)をこよなく愛する変人で、羽織った白衣の下には濃緑色のテラ連邦陸軍制服を着ていた。職業は軍医、所属は何と別室専属医務官だった。階級は三等陸佐である。  シドとハイファにとっては何かと頼りになる好人物だが、病的サドという一面も持ち、軍に於いては拷問専門官という噂で恐れられているらしい。事実、やりすぎによって様々な星系でペルソナ・ノン・グラータとされている御仁だった。  医師の提げたカゴを覗いてシドが顔をしかめる。 「何だよ、ラーメンばっかりじゃねぇか」 「シド、お前さん、このキャベツが見えないとは重症だぞ。脳ミソ水洗いでもして――」 「――脳ミソも目玉もピチピチだぜ。大体キャベツは養殖中の『おやつのエサ』だろ?」 「まあ、そうですがね。今夜は食べ頃が多いんだ」 「げーっ! ラーメンとナマのアレばっかりじゃ近いうちに死ぬぜ?」 「じゃあ今夜は活きのいい三毛猫をしゃぶしゃぶにするか」 「ウチのタマを勝手にしゃぶしゃぶにするなって」 「なら先生、今晩はウチで三毛猫じゃなくて培養肉のしゃぶしゃぶにしない?」  振り向くとハイファがしっかり戦利品を手にして立っていた。 「おっ、いいですねえ。では愛のお裾分けを頂くとしましょうかね」  残りの買い物を済ませて三人はレジへと向かう。シドとハイファの出費は毎日交代制、今日の当番シドがレジとリモータリンクしてクレジットを支払った。それぞれに袋を提げてスーパーマーケットを出ると、住人用エレベーターへと急ぐ。  だが本日のイヴェントを消化したと思ったのは早計だったようだ。プロムナードを横切りかけたとき、怒号と悲鳴が湧いたのである。三人が振り返ると人だかりができていた。 「何だ、こんな所で喧嘩か?」
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