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第12話・本日ラストの"ノルマ"=露語
「喧嘩って……ああ、もう、何でストライクするのサ!」
反射的に言い放ち口を尖らせたハイファをシドは睨みつける。
「何だよ、その言い種は! 俺は何にもしてねぇだろ!」
「だって遅くなったらタマがお腹を空かせて暴れちゃうよ?」
「そこで何で俺のせいみたいに言うんだよ!」
言い争う二人の間にマルチェロ医師が割って入った。
「あんたがたの喧嘩はあとにして司法警察員のお二人は、ガチンコの喧嘩を見に行った方がよくありませんかね?」
仕方なく二人はムッとしたまま人だかりの方に足を向ける。マルチェロ医師もあとからついてきた。人だかりをかき分けてみる。すると男五人がやはり喧嘩をしていた。
しかし内容は結構壮絶で、若い男四人に対し壮年の男が一人でこぶしを振るっている。だからといって壮年の男が劣勢な訳ではない。若い四人は既に血塗れのふらふらだった。
「えっ、嘘……デューク=ロジャー議員だ」
呟いたハイファをシドとマルチェロ医師が振り向く。
「議員って、何だハイファ、知り合いか?」
「直接の面識はないよ。でも太陽系星系政府議会議員一年生で、確か奥さんと一緒にこのビルの向かいの妻帯者用官舎ビルに住んでた筈。シドもTVで視たことあるでしょ?」
「知らん」
「そう? 議員としては一年生でも『ロジャートラベルで最高の休暇を』ってCMは知ってるでしょ?」
「ああ、あの旅行企画会社の社長かよ。だがあの目は完全にテンパってるぞ」
「議員サマで社長サマがジャンキーってことかい。んで、旦那は放っておいていいのか?」
眺めているうちにデューク=ロジャー議員は若い四人を叩き伏せてしまった。更に身動きしなくなった四人を容赦なく蹴り始める。シドはその姿に昼間の暴行事件を思い出しながら、買い物袋をその場に置いて議員に向かい叫んだ。
「動くな、惑星警察だ!」
叫んだシドを議員は瞳孔の開ききった目で見る。そしてゆっくりと近づいてきた。
野次馬の中に乱入されては果てしなく厄介なことになる。シドは数歩踏み出して議員と対峙した。ゆっくりとした不気味な動きで近づく議員に話が通じないのは承知、先手必勝で腹に蹴りを叩き込む。サンドバッグを蹴ったような感触。吹っ飛んだ議員は起き上がって再び掴み掛かってきた。右ストレートを見舞うも尻餅をついただけ、まるで効いていない。
またも起き上がってきた議員の相手にうんざりしかけたとき、踏み込んできたマルチェロ医師が白衣を翻して鮮やかな一本背負いを決める。議員はやっと気を失った。
「先生、すまん。ハイファ?」
振り返ってハイファを見たが、人だかりの誰かが通報したらしく、もう緊急音が辺りに響き始めていた。広いプロムナードは専用入り口から中型BELまで入れる。
緊急機と救急機は連なるようにして同時に現着した。
「俺の上番中によくもストライクしてくれたな、面倒な日報を書く身にもなれ!」
降機してきた深夜番のヨシノ警部が唸る。一方でケヴィン警部は眠たそうに大欠伸だ。
「書類の一枚や二枚、たまにはいいじゃないですか」
この科白も言い飽きたなと思いつつシドは慣習として口にする。
「五月蠅い、シド。もういいからお前さんはとっとと帰って大人しく寝てくれ」
内容はともかく事はただの喧嘩である。五人全てを救急機が運び去るのを見送って、シドとハイファは深夜番二人に挙手敬礼すると、買い物袋を持ってマルチェロ医師とともに住人用エレベーターへと急いだ。もう何もかもに目を瞑るつもりでエレベーターに飛び乗る。
三人はエレベーター内のリモータチェッカに交互にリモータを翳した。IDを受けたビルの受動警戒システムが瞬時に三人をX‐RAYサーチ、本人確認してようやく階数ボタンを表示する。シドとハイファの銃は勿論登録済みだ。仰々しいセキュリティだが住んでいるのは平刑事や軍医だけではないので仕方ない。
「わあ、もう十九時半近いよ。タマが怒ってるかも」
「カールに頼んでおけばよかったな、今更だが」
ジリジリとしてエレベーター内を過ごし、五十一階で降りると足早に通路を辿る。突き当たりまで歩くと右のドアがシドの自室、左のドアがハイファの自室で、シドのひとつ手前がマルチェロ医師の部屋だ。まずはハイファの隣の部屋、音声素子が埋まった辺りに声を掛けた。
「カール、いねぇのか?」
唯一タマを大人しくさせることが可能な男は留守らしい。仕方ない。カールも別室員なので今頃は他星系で原生動物と追いかけっこかも知れなかった。
諦めてシドは自室のロックをリモータで解く。殆どのオフの時間をシドと一緒に過ごすハイファも、遅くなった今日はシドの部屋に直帰だ。ドアを開ける前にマルチェロ医師に手を振る。
「準備ができたら先生もこっちにきて」
「了解、了解」
隣室に医師が消えるとシドとハイファは心してオートではないドアを開けた。玄関に入るなり何処からか走ってきたオスの三毛猫タマが「シャーッ!」と威嚇する。土足厳禁にしている室内に靴を脱いで上がると、途端にタマはシドの足に食いついた。
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