第13話・しゃぶしゃぶって白飯に合わねぇよな?

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第13話・しゃぶしゃぶって白飯に合わねぇよな?

「あ痛たた、こら、タマ、やめろ!」 「二台もある自動エサやり機が遅くてご立腹なんだよ。ちょっと囮になってて」 「早くしてくれ、足がホネになっちまう!」  急いで手を洗ったハイファはスープ皿の水替えをし、猫缶を取り出してカパリとフタを開ける。朝はカリカリ、夜は猫缶と決めているのだ。遅くなった夕食はちょっと高めの金のスプーン・天然マグロである。音と匂いでタマは現金にもハイファの足に毛皮を擦りつけ始めた。  小皿に空けて置いてやると、タマはふんふんと匂いを嗅ぎ、カツカツと食べ始める。その背をシドが撫でると長いしっぽがボワッと膨らんだ。 「ったく、いつまで経っても馴れねぇ野生のケダモノだよな」 「仕方ないよ、別室任務でたらい回しになった挙げ句に『幻の愛媛みかん』の箱詰めになって宅配されてきたんだから。お蔭でスレちゃったんだよね」 「送り主は『パラケルスス錬金術師組合』だっけか? 別室の誰だか知らねぇが、呑み場のノリで決めてるとしか思えねぇよ。動物愛護協会から訴えられるぜ」  唸ったシドの腹が巨大な音を立てる。心得ているハイファはジャケットを脱いで執銃を解くと、愛用の黒いエプロンを着けて餌付けの準備に取り掛かった。シドも対衝撃ジャケットを脱ぎ、ヒップホルスタを外して手を洗う。 「野菜を洗って切るだけだから、リフレッシャ浴びるのはあとにしてくれる?」 「ラジャー。俺にできることなら何でも言いつけてくれ」 「じゃあテーブル拭いてヒータを移して。あとは僕の部屋から椅子をひとつ持ってきて」 「アイ・サー」  いつもは何も出来ないシドだが今日は積極参加だ。通路を挟んで向かいのハイファの部屋から椅子を調達してくると、もうマルチェロ医師はキッチンと続き間のリビングでソファに腰掛けていた。相変わらずの白衣姿で食事を終えたタマを足許で遊ばせている。  何となくシドはホロTVを点けて中空に画面を浮かばせた。テラ連邦内でも大手メディアのRTVがニュースをやっていて、音声を聞きながら器やカトラリーを出す。  テーブルで鍋が沸き、箸休めの和え物や煮物などが並ぶと、シドはロンググラスを三つ出してジントニックを作った。ひとつだけ薄めでこれはハイファ用である。 「さあて、みんな着席して!」  三人は着席すると行儀よく手を合わせてから、簡単ながら旨い夕食に取り掛かった。マルチェロ医師はハイファが昨日作って味の染みた筑前煮から攻め始め、シドは早速霜降りの牛肉にゴマだれをつけて頬張っている。ハイファは優雅な箸使いでゆっくりと食べ進めた。  開始五分でグラスのおかわりに立ったシドにハイファがチェックを入れる。 「シド、貴方ちょっとペースが速すぎるよ」 「酔わないんだからいいだろ?」 「肝臓を酷使しないでって言ってるの。ほら、ちゃんと野菜も食べて」  アルコールに殆ど酔わず、薬の類にも異常に強い特異体質のシドは、ハイファが目を光らせていないと何処までも飲み続けてしまうのだ。生野菜も得意ではなく酸っぱいモノ嫌いで、これもハイファが日々管理をしている。 「シドの旦那の世話も大変だな、ハイファスよ」 「もう、大きな子供ができたみたいだよ」  ハイファが医師に愚痴を零すのを聞き流しながら、シドはホロTVの画面に目をやった。丁度ニュースは四分署管内の暴行事件を報道していて注視する。それに依ると路上で起こった暴行事件のマル被とマル害は仲の悪い夫婦で、妻は今日病院で死亡が確認されたという。  一方の夫は丸一日が経過して正気を取り戻したが、ここ一週間ほどの記憶が非常に曖昧で、大人しく四分署の聴取に応じるも、有益な情報がまるで引き出せない状態らしい。  更にニュースは八分署管内の暴行事件も報じた。  こちらは銀行の融資係に中小企業の社長が暴行を加えたというものである。先日来の経営難で銀行に通い詰めていた社長が、融資を渋る係の男にいきなり殴り掛かったのだ。  幸い周囲の者が社長を取り押さえ、融資係は大怪我をしたものの命に別状はなかった。だが社長は四分署のマル被と同じく一週間ほど記憶を飛ばしていて、何ひとつ覚えてはいないという。  そしてどちらのマル被も薬物反応は出ていない。  事件の概要を知ったところでシドは食事に戻った。食事時に仕事の話をしないというのがハイファの要請で不文律になっている。事件については言及せずに頭を切り換え、旨い食事を堪能した。結局シドは三杯、マルチェロ医師は二杯飲んで、最後はウドンで締める。  手を合わせて食事を終えるとハイファが食器を洗浄機に入れ、シドはコーヒーメーカをセットした。沸いたコーヒーをマグカップ三つに注ぐとウィスキーを垂らして香り付けし、続き間のリビングに移ってコーヒー&煙草タイムだ。  キッチンを背にした独り掛けソファがシドの定位置、壁を背にした二人掛けソファがハイファの定位置で、今日は二人掛けの半分をマルチェロ医師が占める。タマも定位置であるシドの膝に乗っかって丸くなった。毛皮に触れると「フーッ!」と唸る。  野生のケダモノを構うのを諦め、シドは煙草を咥えるとオイルライターで火を点けた。マルチェロ医師も煙草を味わいながら、また報道されている暴行事件についてコメントする。 「典型的な心神喪失ってヤツだあな。どうせ不起訴、惑星警察もご苦労なことで」  そこでシドは今日の昼間の暴行事件についても医師に説明してから訊いた。 「でもさ、クスリを食ってた訳でもねぇのに、あれはいったい何なんだ?」 「さあな、俺にも分からんよ。催眠術か病気にでも(かか)りに行ったんじゃないのか?」
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