第16話・ここまでは「美味しい生活」≧「危険な職務」

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第16話・ここまでは「美味しい生活」≧「危険な職務」

 立ち上がることもできないハイファに笑いかけ、シドが濡れた金髪を顔から除けてくれる。 「俺が洗ってやるから、大人しく座ってろ」 「どうも本当にスミマセン……」  リフレッシャを最初から作動させたシドに全身を洗われ、湯で泡を綺麗に流された。バスルームをドライモードにすると、長い毛先まで温風を通され、綺麗に乾かされる。  そのあとも抱き上げて寝室のベッドに運んだり、グラスの水を口移しで飲ませたりとシドは忙しい。だがコトのあとで面倒をみたがるのはシドの趣味のようなもの、非常に愉しそうなのでハイファも好きにさせているのだ。 「でもシド、貴方風邪引きやすいんだからパジャマくらい着て」 「へいへい、分かりましたよっと」  健康優良児に見えてシドは熱も出しやすい。そこにきて薬の類に異常に強い特異体質で、解熱剤も効かずに結局はハイファが苦労するのである。  グレイッシュホワイトのパジャマを身に着けて、シドはハイファにも器用に下着とパジャマを着せつけた。ハイファのパジャマは紺色でシドと色違いお揃いである。  もうやることも思いつかなくなったのか、ベッドに上がったシドは隣に横になって自分とハイファに毛布を被せた。リモータで天井のライトパネルを常夜灯モードにし、ハイファに左腕の腕枕を差し出す。いつもの腕枕を貰って金髪頭を載せ、ハイファはシドの躰に抱きついた。  長い髪をシドの指で梳かれる。だがふいに低く甘い声で耳許に囁かれた。 「なあ、ハイファ。もう一度お前に入りたい。だめか?」  驚いて目を見開くと、薄暗い中で覗き込む切れ長の目は真剣である。  やがて揺れ始めたベッドから、丸くなっていたタマが迷惑そうな顔をして飛び降りた。 ◇◇◇◇  翌朝もレーザーガンを乱射した不法入星者を取り押さえ、引きずって出勤すると定時の八時半をとっくに過ぎて大遅刻という有様で、ヴィンティス課長の顎を落とさせた。  取り調べを終えてホシを地下留置場に放り込み、デスクに戻って入星管理局の役人がホシを引き取りにくるのを待ちながら、シドはぼやく。 「昨日のジャンキーもどきもレーザーガン、ここんとこ銃犯罪が多すぎるぜ」  泥水の紙コップをハイファから受け取り、煙草に火を点けて紙コップと交互に口に運びつつ、ポーカーフェイスながら溜息をついた。 「また例の如くロニアマフィアじゃないの? 連続報復テロも起こってることだし」 「ロニアなあ、近すぎるんだよな」  喋りながらレーザー乱射の書類を書き上げてしまうと、あとはヴィンティス課長の目を盗んで外回りに出て行く体勢である。だが午後からセントラルエリア統括本部での会議を控えている課長の監視は今日に限って厳しく、様子を窺っているうちにシドはデスクに頬杖を付いて、いつしかウトウトと微睡んでいた。  そんな安らかなシドの眠りを妨げたのはリモータに入った発振だった。忌々しい振動を止めて再び眠ろうとする。だが覗き込んだハイファがそれを押し留めた。 「シド、起きて」 「……くそう」  デスクに突っ伏したまま、顔だけ横に向けてハイファを睨みつける。ハイファは自分の左手首を振りながら、肩を竦めて見せた。そのリモータも同じ振動を発していて、そのパターンは別室が発振人だと告げている。  つまりは別室任務が降ってきたのであった。  相棒からリモータに目を移したが、睨んでもリモータは消えてなくならない。それはともかく、ここで詳しい話はできなかった。喩えシドとハイファだけに『出張』や『研修』の特別勤務が降って湧く状況で、ヤマサキ以外の皆が二人には何か秘密があると悟っていても、全ては一応軍機、軍事機密なのである。 「シド……貴方の巣でいいよね?」  寝起きで罵倒語も出てこないシドは、急かされてのっそりと立ち上がった。人目につかないよう、さりげなさを装って二人は地下留置場への階段を下る。留置場の一番右端の一室が通称『シドの巣』と呼ばれる空間となっているのだ。  あまりにクリティカルな日常故にシドは長らくバディ不在の単独だった。その単独時代に自分が引っ張ってくるホシ以外は住人のいない地下留置場にこさえたのがこの巣である。自主的夜勤をしたときなどに寝泊まりしていたのだ。出勤にも大変便利である。  今でこそハイファがいるので泊まることは殆どなくなったが巣は存続され、イヴェントにストライクしすぎてヴィンティス課長から外出禁止令を食らったときなどに、ここで不貞寝をしたりプラモデルを製作したりしているのだ。  公私混同という向きもあるが課長も認める巣の存在だ、そこに籠もっていてさえいれば事件は持ち込まれないので、誰も咎め立てはしないのである。  ハイファにとっては二十四時間殆ど行動をともにしているのに、ちょっと目を離すといつの間にか層を成す汚部屋になっているという、非常に謎な部屋でもあった。
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