第3話・体育会系職業の和やかなひとコマ

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第3話・体育会系職業の和やかなひとコマ

 緊急機が僅かに浮いて走るコイルの直上に舞い降り、一車線分が空くなりスキッドを接地してドヤドヤと降りてきた面子はシドとハイファの同僚でもある七分署・刑事部機動捜査課員だった。その先頭を切ってきたゴーダ主任の鬼瓦みたいな顔を見るなり、文句を垂れるのをやめたシドは目立たぬよう横を向いた。  少しでも細く擬態する、ある種の鳥類と同じ思考である。  だからといって見逃しては貰えない。分かっちゃいたが背をどつかれ怒鳴られた。 「朝っぱらから強盗(タタキ)とは、やってくれたな、イヴェントストライカ!」 「痛てて、俺がタタキをした訳じゃないですって。大体、タタキじゃねぇし」 「じゃあ何だ?」 「飲料泥棒ですよ」 「飲料泥だと? この、真っ二つのオートドリンカと半死体が転がってて、飲料泥か?」 「まあ、そうなりますね」 「あと十五分で下番の俺様に、このクソ面倒な報告書類をこさえてくれるとは、どうなってんだ、ええ?」 「書類の二、三枚くらい、たまにはいいじゃないですか」 「ふん、偉そうな口を利くようになりやがって!」  同行してきたもう一人の深夜番でゴーダ主任のバディであるペーペー巡査のナカムラが気の毒そうにシドを見た。一方でこれも同行してきた鑑識班長が笑う。 「カードゲームに負けて深夜番を背負ったゴーダさんはまた博打、この上番中に『イヴェントストライカが事件を起こさない方』に明後日の深夜番を賭けたんだとさ」 「だから俺が事件を起こしてる訳じゃ……」 「うるせぇ、シド。とっとと実況見分やるぞ!」  そのあとは誰もシドの話を聞いてはくれず、ムッとしたところでもう一機から応援が現れる。 「これはこれは、非常にイヴェントストライカらしい現場ですね」  涼しげに言いつつ降りてきたのは、シドの警察大学校・通称ポリスアカデミー時代の先輩であるマイヤー警部補だ。 「うわっ、シド先輩、狙撃逮捕プラス、オートドリンカ破壊でダブル始末書じゃないっスか!」  馬鹿でかい声で喚いたのはシドの後輩のヤマサキである。 「両方とも俺がやったんじゃねぇよ!」  八つ当たりでシドがヤマサキにヘッドロックを掛けている間に飲料会社のBELも着く。  膨れ上がった野次馬たちに囲まれながら、ハイファとマイヤー警部補は話し込んだ。 「サイキ持ち、PK使いです」 「おや、珍しいですね。それにしては些末な犯罪のような気がしますが」 「リモータにもクレジットはそこそこ入ってましたけど」  現代では誰もが手首に嵌めているリモータは財布や鍵の役目も果たし、高度文明圏ではこれがないと生きてゆけない機器である。他星系では持っていなければ人間としての最低の扱いすら受けられないこともあるのだ。 「何故飲料泥棒なのかナゾですね。まあ、サイキ持ちはその能力が強ければ強いほど、精神構造自体がナゾな方が多いですから」 「そういう人たちの教育法なんて、確立されてないですしね」 「幼くして人を傷つけ(あや)めてしまうPK使いに、読みたくないのに他人の思考が読めてしまうテレパスですか。それでも飲料はクレジットで買って頂かないと困りますからね」  そこに救急機も現着した。救急隊員らが降りてきて、肩をぶち抜かれ気を失ったサイキ持ちの男を機内の移動式再生槽に放り込む。マイヤー警部補が隊員たちに『サイキ持ち注意』と告げている間に、ハイファは密かに別室にリモータ音声発信してPK使いの存在を伝えた。  シドにはああ言ったが貴重なサイキ持ちを他の組織に奪われるのも癪である。これであとから誰かが迎えに行く筈だ。精神成分は問題があるものの、これだけのチカラを持つサイキ持ちである。テレパスの強力な暗示下なら使えるだろう。  そういった『本人の意思を無視した任務』をわざわざシドに伝えて、あの真っ直ぐで屈折しない透明な正義感をなるべく曇らせたくはなかった。もう充分に別室任務に巻き込んで余計なものを見せてしまっているのだ。  救急機を見送ると、残ったメンバーで慣れた実況見分をするすると終わらせる。 「おーし、撤収だ撤収!」  ゴーダ主任が叫ぶ中、ナカムラが恐る恐るシドに近づいてきた。 「あのう、ヴィンティス課長からの伝言です。『歩いてくるな、BELで来い』と」 「ああ? 署はもう見えてるじゃねぇか。俺には朝の爽やかな空を拝みながら出勤する権利もねぇって言うのかよ。ふざけんじゃねぇぞ、俺は歩いて行くからな!」  理不尽にも唸られたナカムラは首を竦め、ゴーダ主任とともにBELで去る。 「ふん。誰も彼もが俺様の権利を侵害しやがって!」  唸ったシドにバディの片割れ、女房役のハイファがチラリと目を向け牽制した。  緊急機の一機は見送ったものの、ポーカーフェイスの眉間に不機嫌を色濃く溜めたシドに、そっとヤマサキが近づいて報告する。 「でもシド先輩、ヴィンティス課長が泣きそうな顔で『BELで来い』って……相当ヤバい顔色してたっスよ? あれは相当血圧も下がって、胃もやられてるっスよ」 「ふん。胆が小せぇ上司を持つと苦労するぜ」
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