第4話・署にカチコミ、指名される

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第4話・署にカチコミ、指名される

 悪態をついても上司は上司、二度に渡って言いつけを無視するのもどうかと思われ、更には朝っぱらからの大ストライクにもうんざりしたシドは、ハイファの目もコワかったので諦めてマイヤー警部補に続きBELに乗る。ハイファとヤマサキがしずしずと続いた。  飲料会社のオッちゃんが首を振って溜息をつくのを横目に、緊急機はテイクオフ。  殆ど上がって降りるだけ、一分足らずで七分署の駐機場にランディングしている。分かっていたことながらシドとハイファが同時にリモータを見ると、もう九時半を過ぎていて大遅刻という有様だった。 「くそう、またヴィンティス課長の愚痴が始まるな」 「そう言わずに、たまには相手をしてあげなきゃ。淋しそうだよ、課長」 「夜な夜な居酒屋『穂足(ホタル)』で別室長ユアン=ガードナーの野郎と飲みながら、互いの可愛い部下を別室任務っつー地獄に蹴り落とす相談してやがるんだぞ、同情は禁物だぜ」  アンビリバボーなことに別室長とヴィンティス課長は飲み仲間なのである。呑み場で自分たちの命のビリヤードをしている上司にもシドは、はらわたが煮えくり返る思いをしていた。  そう。別室は出向させても放っておいてくれるほどスイートな職場ではなかった。未だに任務を振ってくる。それもハイファ一人で送り出せないシドの足元を見て、『何にでもぶち当たる謎のチカラ』を当て込み任務はシドにまで降らせてくるのだ。 「ったく、リモータまで惑星警察と別室のデュアルシステムを嵌めさせられてよ」 「自分で夜中に寝惚けて嵌めたのが悪いんでしょ。それに大声で言わないで下さい、軍機です」  深夜に宅配されたリモータを惑星警察のヴァージョン更新だと思い込み、嵌めたのはシド自身だが、一度生体認証させてしまうと別室リモータは外されようが外そうが別室戦術コンが『別室員一名失探(ロスト)』と判定し、ビーブー鳴り出すらしく、故に外せもしないのだ。  だがシドは別室長ユアン=ガードナーにも別室にも、何の借りもない。気に入らなければリモータだって付け替えて捨ててしまえばそこまでなのだ。  しかしシドは文句を言いつつもそれを外さない。二年近く前にハイファに言ったのだ。    ――この俺をやる、と。一生、どんなものでも一緒に見てゆくと。  けれど腹の立つ物は仕方ないので悪態をつきながら、ぶつかったフリでハイファを小突く。 「ふん、チャチな軍機だぜ」  ぶつかられたハイファはやけに嬉しそうに微笑んで、自分の左薬指に嵌めたリングに目を落とした。照れ屋のシドが煙草を買いに行ったついでに「ホイ」と投げて寄越したペアリングだ。  こんなものを嵌めてすらいるのにシドは職場関係諸氏に対して、ハイファとの仲を「ただのバディだ」と言い張り続けているのがハイファには少し不満なのだが、大抵クールなポーカーフェイスというか鉄面皮が崩れるのは珍しいので面白い。  ハイファ自身は軍と警察の二重職籍だけでなく、テラ連邦でも有数の巨大企業ファサルート・コーポレーション、通称FCの会長御曹司である。ただ母が愛人だったために色々と揉める前に自ら軍に逃げた。それでも今以ってFC本社取締役専務なる肩書きを持たされている。  おまけに夭折した母はセフェロ星系の王族で、相続放棄しなければ次代の王になっていたという大した出自なのだ。  でもシドはそんな自分を知っても何も変わらなかったなあ……などとハイファが思いに耽る横顔を眺めてシドも何気なく過去を思い出している。  宇宙を往く宙艦にコンテナを繋げて荷を運ぶキャラバン一家でシドは育った。だが事故が起こり脱出できたのは6歳のシドだけだった。あれから施設やスキップしてポリスアカデミーなどの集団生活には慣れてしまったが、こいつと二人して帰る部屋がある生活を知っちまったしな。  きっともう戻れねぇし、戻らねぇ……ずっと続けてく。  思いに耽りながら一階のオートドア二枚をくぐれば、もうそこは機動捜査課の刑事(デカ)部屋だ。  けれどシドに向かって飛んできたのは、いつもの地獄の釜のフタが開くようなヴィンティス課長の陰鬱な声ではなく、弾丸が二発だった。 「なっ、俺、そんなに恨まれるようなことしたっけか!?」  ドアで跳弾した二発に対し咄嗟に叫んだシドだったが、周囲の生温かい目に一歩下がられて憤慨する。 「何でもかんでも俺のせいにするんじゃねぇよ!」 「だってイヴェントストライカって言ったらイヴェントストライカだよ?」  しばしシドはハイファを睨み付けてから、オートドアをセンサ感知し開けたままで、そっと室内を窺った。真っ先に見たのは課長の多機能デスクだ。  いい加減にヴィンティス課長の胃痛と低血圧の原因に自分の事件遭遇率が関与していることは分かっている。  だが課長は銃を持ってご乱心などしていなかった。デスクの向こうに毛が見えるので退避中か。  そこで先に帰っていたゴーダ主任の大喝が室内で反響した。 「テメェら、銃を捨てんかい!」 「捨てろと言われて捨てられるかい! 早くシド=ワカミヤを出せ!」 「署にカチコミ食らわして無事でいられるとでも思うのか!」 「そっちこそ蜂の巣にしてやらあ! シド=ワカミヤ、隠れてないで出てこいや!」
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