第5話・人望ってなんだっけ

1/1
前へ
/59ページ
次へ

第5話・人望ってなんだっけ

 皆に押し出されるようにしてシドは前に出た。途端に食らったのが腹と胸に一発ずつの旧式銃の弾丸だ。  多種人類の集う人類宇宙の最高立法機関・汎銀河条約機構の規定が枷になって、武器や兵器は三千年前に勃発しテラ人が滅亡するかと思われた(ワールド)(・ウォー)(・セブン)の頃から殆ど発達していない。  それはともかくチャコールグレイの対衝撃ジャケットで二射を防いだ。胸と腹に蹴りを入れられたかのような衝撃二発を浴びたシドは、自分の名を出されたことで非常に機嫌を悪くしていた。  何処で恨みを買ったか分からないが、そいつはもう今更だった。それこそ星の数ほどホシを挙げているのだ。それにシドを目当てにここがカチコミを食らったのも初めてではない。  シドとハイファにマイヤー警部補の三人は顔を見合わせる。  だがそこで『空気の読めない男選手権』に出場すれば一、二を争うであろうヤマサキが何も気付かず、シドの脇を通っていつもの調子で軽くデカ部屋に踏み入った。 「あれ、皆さん今日は何のイヴェント……ゴフッ!」  背後から蹴り倒したのはシド、危うくヤマサキはヘッドショットを免れる。  ゴーダ主任やケヴィン警部にヨシノ警部の室内カードゲーム組、プラス、観戦のペーペー巡査ナカムラと対峙しているのは五人の若い男だった。  皆が皆、着崩れたイタリアンスーツにリモータはデコレーションでギラギラ、首にはゴールドチェーンというある種の制服を着た、いかにもチンピラマフィアという姿である。  それを眺めている間に今度はレーザーが迸り、これもジャケットのシールドファイバが弾いたが、乱反射してシドの黒髪を僅かに焦がした。 「あちち、熱いってんだよ!」  ポーカーフェイスのままキレたシドは銃を抜き撃った。同時にハイファも発砲している。ハイファはダブルタップを二度、シドはたったの三射で事足りた。チンピラマフィアたちは銃ごと腕をちぎられ、血飛沫を撒き散らしながら昏倒する。既に誰かが発振していたらしく、もう背後のオートドアから救急隊員たちが自走担架を伴ってなだれ込んできた。  現代医療は心臓を吹き飛ばされても処置さえ早ければ助かるレヴェルにある。腕一本の培養移植くらいなら二週間もすれば取り調べできるだろう。 「ったく、朝っぱらから派手な歓迎だぜ。ハゲたらどうしてくれんだっつーの」 「頭髪量が気になるお年頃だもんね、男性ホルモン出過ぎだし」  皆が揶揄して笑っていると、課長席の多機能デスクに隠れていたヴィンティス課長が、そろそろと顔を出した。そしてシドと目が合うとブルーアイに哀しげな色を湛えて重い溜息を洩らし、デスク上から茶色い薬瓶を次々に取って、掌に赤い増血剤とクサい胃薬を盛りつける。  デカ部屋名物の通称・泥水なるコーヒーで錠剤を嚥下し、着席した課長はいつもの愚痴を言う元気もないらしい。血圧が下がりきった顔をしている。その頃には凶悪犯罪専門の捜査一課からも人員がわさわさやってきて、機捜課内はエラい騒ぎとなっていた。  いつもこの時間になると深夜番との引き継ぎも終わり、静かになっているのが普通だ。リモータでゲームをする者、噂話に花を咲かせる者、デスクで居眠りする者、鼻毛を抜いて長さを比べる者に、情報収集用に点けてあるホロTVに見入る者、本日の深夜番を賭けてカードゲームにいそしむ者など、皆が皆ヒマそうで誰も仕事などしていないのが常である。  機動捜査課は本来、殺しやタタキなどの凶悪事件の初動捜査を専門とするセクションだ。そういった事件の知らせ、いわゆる同報が入れば飛び出してゆかねばならない。故に機捜課は一階にあった。だが事実として同報など殆ど入らない。  同報を入れるのは殆どシドばかりとなっている。だからといって血税でタダ飯を食らってもいられないので、僅かな在署番をデカ部屋に残し、大部分の課員は他課の張り込みや聞き込みにガサ要員などの下請け仕事に出掛けているのだ。 「ちょっと騒がしいが、たまにはみんな働くのもいいよな」 「ご指名を受けた本人とは思えない感想だけど、まあ、いっか」  取り敢えずシドは自分のデスクに着くと対衝撃ジャケットを脱いで椅子に掛け、煙草を咥えてオイルライターで火を点ける。ハイファが泥水コーヒーの紙コップをふたつ調達してきた。 「おっ、サンキュ」 「それと、はい、これ」  捜査戦術コンから打ち出してきたサイキ持ちオートドリンカ荒しの報告書類、それに始末書A様式一枚とB様式が一枚である。  A様式は衆人環視での発砲だ。二人の射撃の腕は超A級で惑星警察でも特級射撃手認定されているが、一般人の前での発砲は考えられる危険性から問答無用で警察官職務執行法違反となるのである。B様式は器物損壊だった。  積み重なるこれらの始末書も課長の健康状態に大いに関与しているのだが、それはともかく器物損壊に納得のいかないシドはハイファを睨みつける。 「何で俺だけダブル始末書なんだよ!」 「モメるヒマがあったら一枚くらい書いた方が早いでしょ」 「くそう……」 「それを書き終わらないと、今日は表に出しませんからね」  何と今どき報告書類は殆どが手書きなのである。容易な改竄や機密漏洩防止のために先人が試行錯誤した挙げ句のローテク、筆跡は内容とともに捜査戦術コンに査定されるので、ヒマそうな同僚が何人いても押し付けることは原則としてできない。
/59ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加