第9話・事件も深刻。やだねえ

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第9話・事件も深刻。やだねえ

 ランチとマスターのサーヴィスのウィスキーが香るコーヒーでホッと一息ついたシドとハイファは、再び表通りに出て二往復し、右側の大通りを渡って公園に足を踏み入れる。  入り口のオートドリンカにシドがリモータを翳してクレジットを移し、省電力モードから息を吹き返させた。ハイファがボタンを押して保温ボトルのレモンティーを手に入れる。  また歩き出して公園の奥、パステルカラーの遊具や噴水の見える辺りまでやってくると、灰皿のあるベンチの傍で休憩だ。  シドは煙草を咥えてオイルライターで火を点け、ハイファはレモンティーに口をつける。 「何だか風も冷たくなってきちゃったけど、子供は元気だよね」 「親の方が風邪引きそうだよな」  遊具で子供たちは遊び、辺りを駆け回っていた。若い奥様方は子供たちを視界に入れながらも、なるべく風の当たらない人工林に身を寄せて井戸端会議をしている。この公園の裏手にはマンション地区があって、皆そこからやってきたのだと思われた。  煙草を二本灰にすると再始動、シドは手渡されたレモンティーの残りを一気飲みする。ダストボックスに空ボトルを放り込んでリモータを見た。現在時、十五時五十二分である。 「これからどうするの?」 「そうだな、ショッピング街をあと一往復だけして帰るか」  二人は同時に軽く溜息をついて歩き出す。公園を出てすぐに気付いた。  アパレル関係の店舗の前で誰かが奇声を上げている。既に野次馬が輪を形成していた。その輪がどよめいて広がりコイルの走る通りにまで膨らむ。  顔を見合わせたのち、シドとハイファは何事かと人々をかき分け始めた。だが最前列に辿り着く前に、鋭い悲鳴が乾いた空気を震わせる。 「くっ、ハイファ、見えるか?」 「まだ……人が、どいて下さい!」  やっと輪の中心部に出た二人が見たのは、破壊された洋品店のオートドアと歩道に倒れ伏した女性、その女性を蹴りながら大声で喚く中年男だった。女性は頭から血を流して長い髪を地面に張り付かせている。  猶予はないと判断、シドはレールガンを抜いて大喝した。 「動くな、惑星警察だ! 両手を挙げて頭の上で組め!」  対して中年男はベルトの背からハンドガンを抜き出して一射を放つ。迸ったのはレーザーの光条、シドの対衝撃ジャケットが射線を弾いた。だがこの人混みでこれは無茶な所業、シドとハイファは一瞬の迷いもなくトリガを引く。レールガン独特の「ガシュッ!」という発射音と旧式銃の「ガォン!」という撃発音が響いた。  狙い違わずフレシェット弾と九ミリパラは中年男の腕に着弾、男の右腕はレーザーガンを握ったままゴトリとちぎれ落ちる。寒風に血飛沫が舞い、悲鳴が湧いた。  しかし中年男は痛みも感じていないらしい、何事もなかったかのように女性を蹴り始める。 「チッ、ジャンキーか。一発キメてやがるな」  レールガンをホルスタに仕舞うなり、シドは滑るように中年男へと駆け寄った。左腕を取って背後に捻り上げる。喚く男は逮捕術に逆らい、シドの手に肩関節の外れる感触が伝わった。それでも女性を蹴るのをやめない男と間合いを取ると、回し蹴りを腹に叩き込む。男は吹っ飛んで洋品店の壁にぶつかって尻餅をついた。しかし起き上がり掴み掛かってくる。 「くそう、きやがれジャンキー!」  むしゃぶりつく男の勢いを利用し、胸ぐらと短くなった腕を掴んだ。身を返して腰に体重を乗せ、背負い投げて歩道に叩きつける。背を強打した中年男はやっと気を失った。 「ハイファ、署と救急にリモータ発振!」 「もうしたよ。ご苦労様でした」  ベルトに着けたリングから捕縛用樹脂バンドを引き抜いて、シドはジャンキー中年のちぎれた右腕を締め上げて止血処置をする。それからハイファとともに倒れた女性の様子を看た。 「脈も弱いな、危ないかも知れん。チクショウ、あと五分早ければ……」 「仕方ないよ、誰も予想できなかったんだから」  見回すとオートドアの破れた洋品店から、恐る恐る女性従業員二人が顔を覗かせていた。彼女たちの身に着けた制服が倒れた女性の衣服と同じものだと気付いて目で訊く。 「アニー、アニー=オコーナーはその男にストーカーされてたんです」 「この男の身許は分かるか?」 「確かダリウス=デクスターです。住所までは、ちょっと……」  そこで緊急音が近づいてきた。先に小型BELの緊急機が二機現着する。大通りの路肩に駐まった機から降りてきたのは機捜課の在署番たちと鑑識の一団に、捜査一課の人員だった。  機捜で扱った案件は一週間で他課に申し送るが、事件の内容から凶悪犯罪専門課の捜一に引き継ぐことが多いので縁が深い。今回も先遣隊としてやってきたのだろう。  まずはヨシノ警部がシドの背をこぶしで小突いた。 「何だ何だ、イヴェントストライカ! こいつは頂けねぇぞ」 「俺がやった訳じゃありませんよ」  いつもの定型句を口にしたが、シドの文句をこれもいつも通り綺麗に皆が無視する。その間にもケヴィン警部が被害女性を眺めて溜息をついた。  一方で、捜一のヘイワード警部補が頭を振る。 「これだけ人がいて白昼堂々と頭潰されるとは、ムゴいよなあ」 「脳にメカ入れて再生すればいいですけれどね」
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