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「この金庫、絶対開かないって」
身体ほどの大きさのある金庫に向かい、西田はため息まじりにぼやいた。
「なら、この金庫ごと持っていこう。これ宙に浮かせれるか?」
「床に固定されてないからいけそうだ」
西田は、金庫に触れ、ふわりと浮かぶと、その金庫ごと宙に浮かんだ。
「お前の能力、ほんと便利だな」
「俺はヒロの能力が羨ましいけどな」
俺の能力でいったん西田を外に出すと、俺は再び内部へ侵入し、祭壇へと向かった。
下調べの通り、祭壇は、地下1階の中心部にあったが、これほどまでも巨大な空間が地下にあるとは驚いた。深夜にもかかわらず、神々しさを保つためか、祭壇は眩しいほどの明かりで照らされており、おかげで視界がはっきりとしている。
俺は祭壇に一歩ずつ近づく。そして、祭壇に飛び乗り、金属バット振り下ろそうとした、その時だった。
背後から、何かが落ちた音がした。振り向き、あたりを見渡すが誰もいない。
音のした場所に向かうと、一つのキャンドルホルダーが落ちていた。
また、別の方向から音がする。今度は、人が物にぶつかった音のように聞こえた。祭壇の方からだ。
誰かに見つかったか、いや、それならなぜ隠れてこそこそとしているんだ? 想定外の事態に思考を逡巡させていたが、とりあえず、西田にこの状況を知らせようと、スマホを手に取る。
数回の呼び出し音が鳴った後、俺は耳を疑った。着信音が、この空間に鳴り響いたのだ。
スマホを見やるが、やはり、画面には西田の名前が表示されている。
疑問に感じてる間に、着信音はだんだんと近づいてきた。その音の鳴る方に姿勢を向けようとしたとき、後頭部に鈍い痛みが広がった。その強烈な痛みに、その場にうずくまってしまう。
霞む視界の先、何もないはずの空間から、ゆっくりと、少しだけ宙に浮いた人間のシルエットが浮き出て、バットを持った一人の人間がくっきりと姿を現した。
「すまねえな、ヒロ」
その正体は、西田だった。
「な、何でお前が」
「ああ、わりいな。どうやら盗んだ能力を使うとその副作用も同時に出てきてしまうらしい。だから俺、今耳聞こえないんだわ」
自嘲するような笑みを浮かべた西田を見て、俺は、あの4択アンケートのことを思い返す。
聴力を失うが透明になれる薬、選択肢の1つにそれがあった。
しかし、なぜ飛ぶ能力を得た西田が、透明になる能力も持っているのか、その疑問に触れて、俺ははっと息を呑んだ。
「もう分かった思うけど、俺の飲んだ薬は1番じゃなくて、4番だ」
4番、能力を奪える能力。
西田は、後頭部をさすりながら続けて言った。
「4番を選んだやつの所には、他の薬を選んだ人間の情報も送られんだよ。そいつの名前とか住所とか。だから、ヒロにも薬を送られてたって知ってた。さすがに、友人から能力を奪うのは気が引けたんだけどよ、なかなか瞬間移動の能力を持ってるやつに会えなくてな。で、お前とこうやってつるんでいるうちに、お前の能力がますます欲しくなってしまったってわけ。あとお前、俺のこと影で猿とか言って馬鹿にしてたの知ってたぜ」
「ふ、ざけんな、クソ猿が」
残る力を振り絞るように立ち上がろうとするが、膝から倒れ落ち、無様にうつ伏せになってしまう。
「まあ、悪く思うな」
西田は右手を俺の頭上に置いた。
何人もの足音が、祭壇入り口の方から聞こえて来た。俺が入口に視線を移したことで、耳の聞こえない西田の表情から笑みが消えた。
「もう時間もなさそうだ。じゃあな、ヒロ」
そう言い残し、西田は、浮上した。そして、徐々に薄くなり、シルエットだけになったかと思うと完全に姿が消えた。
「いたぞ! 侵入者だ」
ついに入ってきた白装束の男たちが、俺を指さし駆け寄ってくる。
俺も逃げなければ。俺は一方の人差し指を、祭壇入り口の扉に向けた。
いけ! と、心で叫ぶ。しかし、いつものように瞬間移動できない。
何度も何度も、指を構え、念じる。しかし、何も起こらない。
白装束の男たちに拘束されそうになる中、それでも出口へと向けた人差し指の先に、宙に浮き、満面の笑みでこちらに手を振っている西田を見て、俺の意識は途切れた。
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