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次の日、正午ちょうどに目が覚めた。
ベッドからゆっくりと起き上がると、違和感に気付く。左目が完全に失明していた。
片目を失明して数日の間は、遠近感が乏しくなり、視界が半分になってしまったことで、生活に多少の支障を及ぼしたが、慣れればどうってことなかった。そのデメリット以上に、瞬間移動の能力は素晴らしかった。
感覚的に腕を振ったり、足を動かせるように、能力の使い方も感覚的に分かるとは驚いた。
自分の目の前に人差し指を立て、瞬間移動したいところにもう片方の人差し指を向ける。集中力が高まったと思えたタイミングで、目の前の人差し指の先端から目的地が指された人差し指の先端にゆっくりと視界を移す。目的地を指した方に焦点が合うと、気付けばその目的地に到着する。これが、俺の能力の使い方だ。
人差し指がさした場所にのみ瞬間移動ができるため、視界に映る場所のみに移動範囲は制限されている。しかし、視界で捉えられる場所であるのなら、どれだけ離れていても一瞬で移動できる。能力を得てから、西田を呼び出し、人気がいないところで、何度もこの能力を試した。能力を得て2週間経った今では、当たり前のように能力を活かしながら生活している。そうはいっても、コンビニやスーパーなどに瞬間移動したり、駅のホームへ瞬間移動して無賃で電車に乗ったり、普段なら行けそうにない高層ビルへと瞬間移動し、そこからの景色を楽しんだりと、この能力を最大限に活かしきれていない感じは否めなかった。
「なあ、やっぱり、もっとデカいことやってみないか」
この市街地で最も高いであろう高層ビルの頂上付近で、缶ビール片手に夜景をぼんやりと眺めていると、西田がふとそんなことを口にした。
ふわふわと浮かびながら器用にビールを飲む西田は、まるでサーカスでもしている猿のようだ。
「デカいことってなんだよ」
「そりゃあまあ、この能力使って大金稼ぐとか?」
「犯罪はするきねえよ」
「じゃあ、なんかコスプレとかしてさ、正義のヒーローみたいに犯罪者を捕まえるってのは?」
「日本でそんなでかい犯罪なんてほとんど起こらないだろ。あと、人目に付くのは避けた方がいい」
「なんで、人目を避けた方がいいわけ?」
「能力を持ってるのは、多分俺たちだけじゃないだろ、あのツイート、俺が見た時は回答数が1000件以上あったし、あのアンケートに答えたやつ全員が薬をもらったとは思わねえけど、それでも俺たちだけってのは考えにくいだろ」
「確かに、俺たちだけが能力を持っているわけじゃないってことは理解できるけど、それが何で人目に付かない方が良いってことにつながるんだよ」
俺は、スマホを取り出し、例のツイートを開いて西田に向けた。
「俺が気にしてんのは4つ目の選択肢、他人の能力を奪う能力だ。もし俺が4つ目の能力を得たなら、能力者を見つけて奪おうとするのは当然だろ。それに、もし奪える能力が1つじゃなくて複数だった場合、より多くの能力を盗もうとして、能力を1つ奪った後でも、能力者探しに躍起になる」
「なるほど、だから俺たちはその4つ目の能力を得たやつから標的にされないように人目につかないのが賢明ってことか」
「そういうこと」
俺は、残り少しの缶ビールを一気にぐびりと飲み干した。
「じゃあ、悪いやつらから金を少しだけ頂くってのはどう?」
「具体的には?」
「ヤクザとか詐欺師みたいな裏社会のやつらとか、悪い噂のある起業家や芸能人をターゲットにしてさ、少しだけ金をいただくんだよ。やつらもさ、少額なら大事にはしないだろ。悪いことした罰だな、少しだけ反省するかって思うくらいだろ。悪党は痛い目にあって、奴らが反省することで社会は改善され、俺たちの懐は温かくなる。ウィンウィンどころかウィンウィンウィンだろ、これ」
西田は、俺に笑顔を向けて指を鳴らした。
「現代版の石川五右衛門みたいだな」
「石川何とかってやつは知らねえけど、なあ、面白そうだろ? やってみようぜ」
俺は少しの間だけ黙り込み、燦然と光るこの街の夜景を見ながら答えた。
「まあ、悪くないかもな」
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