第1話(プロローグ)

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第1話(プロローグ)

 僕は飛ぶ。茶色い大地を睥睨し、林の緑や石造りの家々も砂粒のような点に見て。この高度でこの速度、僕が一番好きな姿勢を数分間維持して勘も腕も鈍ってないのを確認する。  昨日の夜にオペレーションをひとつクリアしてから一日も経ってないのに、鈍るような腕じゃAAA(トリプルエー)クラスを張っていられないけれどもね。そろそろ慣らし飛行は終わりかな。  機首上げし、どんどん上昇。鮮やかすぎる青空に食い込む時の解放感ったらない。  自在の羽根は真っ白だ。右へ、左へとターンして戦闘上昇。おっと、機体の捩れに気を付けなきゃ。あーあ、間に合わずにコーションが点灯。右エルロンの歪みが自己修復するまで二分三十秒の休憩だ。やっぱり大人しく飛ぼう、今日も任務中なんだからな。  遠くで母さんが呼んでる。ご飯だって? 今はそれどころじゃないんだ。  崇高な任務を負っているんだ、これでも。  なんて、たかがゲームなのに、可笑しいったら。  どんなにリアルでもこれは本当じゃない。パソコンの画面に映る、作り物の世界。  でも始めたことはキチンと終わらせなきゃ。任務を受けてテイクオフした以上はターゲットを仕留めるまで放り出すことはできない。せっかくここまで上がった階級をふいにしたくない。  こうして飛んでいると全てが見える。上下左右前後、ブラインドスポットの一角もないカメラ映像が僕の視界となって流れ込んでくる。最初はこの視界を処理するだけで大変だった。酷く酔ったのを思い出す。いや、思い出すなよ、気持ち悪い。  コーションが消えた。右エルロン異常なし。じゃあ、行こう。  ギラギラと照りつける太陽の下で緩やかに降下した。人々に見咎められないギリギリの高度を維持して飛ぶ。それでも空気を一直線に切り裂いていく昂揚感は半端じゃない。  ターゲットがいるバザールのテント群が見えてきた。こちらは見られたって即撃墜されることは殆どない。けれどコストの掛かった機材を僅かでも危険に晒したくないからね。  っていうより、僕はこの機を誰にも見せたくないんだ。速く真っ直ぐな、テュポーンとエキドナの子。ちょっとせっかちだけど決して怖じない、僕の大事なキメラ。  バザール上空から人々を舐めるように機体のカメラ・アイに見せてゆく。ターゲットと特徴の合致する者がいたらリアルタイムで繋がった基地のコンピュータが教えてくれるから、その点は心配要らない。おまけにターゲットが何時頃、どのテント辺りに出現するのかさえ予測済み、結果はブリーフィングで知らされていて……え、もう発見?    瞬時に五回の確認要求。【間違いなし。撃破せよ】のコードが二度還る。  人混みからターゲットが離れるまで待たないのは珍しい。僕は遅滞なく使用ウェポンを選択。ヘルファイアミサイルとハイドラロケットも積んでいるけれど、人混みで撃つには派手すぎる。だからここは二十五ミリチェーンガンにした。大丈夫、僕は外さないよ。   ただ、チェーンガンで人を殺す瞬間だけは、いつも少しだけ嫌な気分になる。でも任務だからね、仕方ない。僕は無造作なふりをしてレリーズを押す。 【ターゲットKILLを確認。リターン()トゥ()ベース()せよ。無事のRTBを以て任務完遂とします】  全く、ゲームの中でさえ『うちに帰るまでが任務です』だってさ。
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