第3話

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第3話

 機捜は職務の特性上、凶悪犯とばったり出くわすことも考慮され、職務中は銃の携行が義務付けられている。  隊員が所持するのはシグ・ザウエルP230JPなる三十二ACP弾を薬室(チャンバ)一発マガジン八発の合計九発連射可能ながら、貸与される弾薬は五発のみというものだ。  三十二ACPは威力は強くないがP230JPは小型で当たりやすい。  だが京哉と霧島が持っているのは同じシグ・ザウエルでもP226なるフルロードなら十六発の九ミリパラベラムを発射可能なフルサイズの代物だった。  最初は県警本部長から交換・貸与されていたのだが、たびたび特別任務に就かされているうちに本部長はいちいち儀式的な行為が面倒臭くなったらしいのだ。  おまけに霧島と京哉は職務や特別任務時でなくとも銃が必要な状況に陥ってしまい、十五発満タンのスペアマガジン二本を入れたベルトパウチごと持たされっ放しになってしまったのである。  銃が必要な状況というのも元はと云えば過去の特別任務が原因で、複数の指定暴力団から恨みを買っているため四六時中これを携行していないと、何処でヒットマンに狙われるか分からないのだ。常時拳銃携帯は許可というより県警本部長命令だった。  そのP226を京哉は手早く分解する。完全にバラバラにするのではなくフィールドストリッピングという簡易分解だ。  バラした片端からパーツを並べると銃身(バレル)にはニトロソルベントを染み込ませた布を通し、パーツにはスプレーでガンオイルを吹き付けて磨き始める。    すると傍で見ていたマリカがうっとりとした声を上げた。 「あああ~、このトリガガードの角度にデコッキングレバーの力強さ! 美しい~」 「マニュアルセイフティがない点で前回の米軍のトライアルではベレッタ92F、いわゆる米軍での正式呼称M9に負けて不採用でしたけど、今回はシグ・ザウエルP320が勝ちましたよね」  マリカは口元だけでニィと笑う。 「そうですね~、M9の後継としてP320のフルサイズをM17、コンパクトをM18としての制式採用はしてやったりでしたね~。でもわたしとしては耐久性がピカイチのP226が好みです~。扱いもシンプルでバランスも良し~。プラ多用で革命を起こしたグロックより、かなり高価なのに米軍では私物として持ってるプロもいるほどですからね~」  ヲタ同士にしか通じない話を更に続けた。 「確かに今回シグ・ザウエルがわざわざストライカー方式にしたのも元を辿ればグロックのインパクトでしょうけれど、あのデザインでストライカーは残念ですよねえ」 「ストライカー方式の部品点数の少なさや速射性能の向上といった利点はありますが~、やっぱり頑丈かつ見た目のバランスに集弾率、どれを取ってもP226は未だ旧くはなく憧れの美しさです~!」  話を弾ませながら整備し終えると、京哉は鮮やかな手つきで十秒とかけず組み上げる。マガジンを叩き込んでスライドを引き、チャンバまで装填するとマガジンを抜いて減った一発を足し、再びマガジンを入れてフルロードに戻した。  本来マガジンを満タンにしたまま所持していると中のスプリングが弱って弾薬を押し上げられなくなり、装填不良(ジャム)という誤作動が起こる場合があるので、通常なら満タンにしておく者は少ない。反発力の強いバネに逆らって敢えて満タンにする必要もないからだ。  しかし京哉と霧島の場合は五十発入り予備弾二箱が空っぽになりかけたこともあるために持てる物は持っておく主義である。マガジンがだめになる前に交換して貰えばいいだけだ。自分の命がだめになっても交換は効かないのだから。  時刻は既に定時の十七時半を過ぎていて、マリカに悪いと思い早々に整備を切り上げたがヲタ同士の話は尽きず、武器庫を閉めてからも詰め所の片隅で盛り上がる。  話題は最近の各国の軍における小口径化やタンブリングなる弾丸の横転現象、プラスチック薬莢などだ。マリカは京哉より階級が上だが銃器を偏愛する二人に階級など関係なかった。  時間も忘れて語り合う。  そのうち晩飯休憩で戻っていた隊員たちも再び警邏に出て行き始めた。  ちなみにここでは夜食も含めて一日四食三百六十五日、メニューは全て近所の仕出し屋の幕の内弁当と決まっている。迷うことを知らない霧島隊長がそれしか注文しないからだ。  暢気にしていられない職務中の隊員たちはまもなく全員いなくなり、詰め所は閑散として情報収集用に点けっ放しにしてあるTVの音声と、機捜本部の指令台に就いた二班長で機捜の長老でもある田上(たがみ)警部補の声が響くばかりとなる。  今夜も指令部から基幹系無線で入ってくる110番通報を機捜専用の捜査専務系無線で各覆面に割り当てる田上班長は忙しそうだ。  そんな声もいつものことで京哉は聞き慣れてしまいBGMのようである。お蔭で何もかもを忘れてマリカと盛り上がっていた京哉は、上司でありバディであり年上の愛し人でもある霧島の明らかに苛立ちを含んで尖った声に暫し気が付かなかった。 「――鳴海。鳴海巡査部長……京哉!」 「あっ、はい。何でしょう?」 「仰せの通り書類が出来たのだがな」 「すみません。関係各所に送るのでメールで僕のパソコンに送って下さい」 「とっくに送った。さっさと帰るぞ」  腕時計を見ると十九時前で既に小田切の姿もない。京哉は恐縮してマリカに謝る。 「雑談なんかに付き合わせちゃってすみませんでした」 「いいえ~、大変愉しい時間をありがとうございました~」 「気を付けて帰って下さい。じゃあ、また」  手を振り合ってから急いで報告書を関係各所に送ると、皆が残して行った空の湯呑みと灰皿を片付けた。霧島を窺ってみて煙草を諦めノートパソコンの電源を落とす。 「お待たせしました、霧島警視。帰りましょうか」 「私の方こそお待たせして悪かったな、鳴海巡査部長」  不機嫌も色濃い嫌味な言い種に長身を見上げると霧島は眉間にシワを寄せていた。女性を恋愛対象として見られない霧島と違い、京哉は半ば強引に霧島のモノにされるまで異性愛者人生を歩んできた。故に当然ながら過去付き合っていたのも女性ばかりである。    お蔭で霧島は京哉が女性に未練があるのではないかと心配で堪らないのだ。  それは大概の物事に対して泰然自若としている霧島のウィークポイントで、だからこそ綺麗な顔が少しでも誤魔化せるかと思い、野暮ったい伊達眼鏡も外させようとしないほどなのだが、年上のプライドがあるので『妬いている』とは絶対口にしない。  口にはしないが、ここまで不機嫌になられてはモロバレである。当人の京哉も悟らざるを得なくて、笑い事ではないと知りつつも内心苦笑するしかなかった。  今回はどういう切り口で宥めようかと思いながらトレンチコートを手にして、明日の朝まで頑張る田上二班長に挨拶しラフな挙手敬礼をした霧島と共に詰め所を出る。  階段を降りて庁舎裏口から関係者専用駐車場に駐めた白いセダンまで走った。
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