はじまり

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はじまり

 永遠ともいえる(とき)が流れても、世界は未だ形をなさず、あらゆる物が混沌と溶け合っていた。しかし、あるときふっと虚空が裂けたかと思うと、にわかに上下という概念が生まれた。上を天界と呼び、下を地上と呼んだ。  それからいくばくもせずに、天界に生まれ出るものがあった。左から見れば男、右から見れば女。男でも女でもないそれは、名を天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)といった。世界のはじまりに現れた最初の神である。  天之御中主神はあたりを見まわして呟いた。 「なんもないねえ、ここ……」  (かすみ)のようなおぼろげな大地が、遥か彼方まで広がっている。目に入るものはそれだけで、あとはなにも見あたらない。 「……ていうか、ぼっちじゃん」  だだっ広い世界にはなんの気配もなく、天之御中主神はぽつんとひとりぼっちだった。しかし、瞬きをした次の瞬間、天之御中主神の寂しさを察したかのように、ふたりの神がはたと生まれ出た。  ふたりは天之御中主を認めると、即座に片膝をついて低頭した。ひとりは高御産巣日神(たかみむすびのかみ)といった。もうひとりは神産巣日神(かみむすびのかみ)といった。どちらの名前も非常に覚えにくい。天之御中主神は神A、神Bと呼ぶことにした。  神Aが頭をさげたまま慇懃に口を開いた。 「天界を統治し天之御中主神さま、貴殿におかれましては、益々ご清栄のこととお喜び申し上げます。つきましては――」 「ちょっと待って」と天之御中主神は神Aを制した。「堅苦しい挨拶はなしにしようよ。敬ってくれるのは嬉しいよ。でも、敬ってくれすぎるとさ、距離ができて仲良くできないじゃん」  口上に割って入られた神Aは、(かしこ)まった態度を一転させた。  くだけた口調で尋ねてくる。 「じゃあ、天之(あめの)ちゃんって呼んでいいっすか? 天之御中主神って名前、なんか覚えにくいんで」  すると、神Bが「おいっ」と神Aを睨めつけた。 「なんだその口の利き方は。不敬だぞ」  不敬だろうがなんだろうが、堅苦しいよりはよっぽどいい。天之御中主神は神Aの提案を快諾した。 「いいよ、いいよ、天之ちゃんって呼んで。覚えにくい名前ってさ、神さまあるあるだよね」  ざっくばらんな関係を求めたおかげだろう。天之御中主神はすぐにふたりと打ち解けることができた。また、三人揃って根っからの酒好きというのも、意気投合を早めた一要因かもしれない。仲良く酒を酌み交わす三人の笑い声が、どこまでも続く天界の隅々まで響き渡った。
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