幻想のユートピア

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幻想のユートピア

 待っていたのは陰湿ないじめ。 差別と偏見に苦しんだ末、テセの心はポキリと折れた。 「ねぇ、クォン? 確かに人間の体は脆弱だ。でもね、人間って実は心に鬼を飼っているんだよ」  人間の国で経験した地獄のような毎日を思い返し、テセはフゥッと息を吐く。 「僕は鬼の体を捨てた。僕の心に鬼は居なかった。だから僕は鬼にも人間にもなれないみたい。  ごめんなさい。せっかく人間の国に送り出してもらったけど、僕の居場所はここにもなかったみたいだ」  テセはそう呟くと、島で見たのと同じ青い空に向かって学校の屋上から身を投げた。  定期船の船長からテセの訃報を伝え聞いたクォンは島の岬から水平線を見つめていた。 「本当の居場所ってなんなんだろうな?」  クォンは静かに海に向かって語りかける。 「かつて人間だった俺は、自分を証明するために研究に没頭した。できた薬は世間に認められず、俺は人間社会に居場所を失った。  俺はただ、誰かに認めてほしかっただけなのに……」  まだあどけないテセの顔が脳裏をよぎる。 「あの子は俺にとって誰よりも人間だった。それなのになぜ、あの子は人間社会に弾かれなくちゃならなかったんだ?」    クォンのためにと人化薬を二本盗んできたテセ。  手元に残る一本の小瓶を、クォンは慈しむように指で撫でた。 「あの子は俺にとって最後の希望だった。あの子の生きていける世界こそ、俺にとってのユートピアだった。  だがあの子は死を選んだ……つまり、この世に人間の居場所はもうないってことなんだな」  クォンは手にしていた乳白色の小瓶の蓋を開けると一息に飲み干した。  角が抜け落ち、足元にコロリと転がる。  ペッと勢いをつけて、クォンは口の中のものを海に向かって飛ばした。  白くて鋭い牙が二つ、大きな放物線を描いて海へと落ちた。 「何もかも、クソくらえだ!!」  人間に戻ったクォンは、振り返ることなく岬の上から海へと飛び込んだ。
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