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薬と男性
「お客様、こちらをどうぞ」
マスター兼バーテンダーの男性は、奏岐の近くの席に腰掛けていた女性に何かを手渡す。透明な小袋の中には幾らかの錠剤が入っており、マスターは囁くような声で「例のものです」とだけ告げた。
女性がバーから出て行くと、奏岐はグラスの中身を全て飲み干す。氷だけが残ったそれを眺めながら、カウンター越しにマスターに問った。
「この店、初めてだから詳しい事情は知らんが、そういうところなのか?」
「違法薬物は扱っておりませんよ」
そうやって違法薬物、というワードが出てくるところで、客は疑心暗鬼になるんだけど。……もしや、下手に喋ったら彼の仲間に殺される? そう思い、奏岐は口を噤んだ。
とりあえず、この店から立ち去ろう。そうしたら、あとは一目散に自宅へと逃げるだけだ。仄暗いバーを見渡すと、気が付けばマスターと二人きりになっていた。マスターは男性が使用していたグラスを片付けている。
「そういうこと」が行い易い状況から一刻も早く逃げようと、奏岐はマスターに声を掛ける。
「すみません、お会計を、」
「お客様。もう少しだけ、お時間よろしいでしょうか」
まだ店から出られないようだ。立ち上がりかけていた奏岐は、そっと腰を下ろす。
「何だよ」
「訊きたいことがございまして。……お客様の過去です」
棚にみっちりと並べられた酒瓶が、壁掛けランタンの光を浴びて、チカリと輝く。奏岐は息を吸うと、早口で言葉を並べた。
「ブラックな職場で、溜め息も瞬きもする隙も無いほど働いていた。転職してしまえば良いものを、辞めるか否かの判断力が欠乏していたが故、後回し。終いには過労で倒れて、それから色々あって、現在だ」
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