薬と男性

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 全てを言い終えると、マスターはリズムがやたらと不規則な拍手を送った。 「やはり。お客様も、相応しいようです」 「何に」 「お薬を飲む者に」  マスターは、先程の錠剤と全く同じものを差し出す。薬には色付きのものもあるが、それは人が摂取して良いとは思えないほど、やけにカラフルだった。 「目が眩むような色だな」 「今からのお客様を表現していますね、きっと」  色とりどりな錠剤が、自分を表す。……歓喜に満ち溢れているとか、抑えきれない感情、とかだろうか。 「お代は要りません。お酒の分もです。ただし、これは店を出てから飲んでくださいね。こちらのペットボトルをどうぞ」  マスターは水が入ったペットボトルを軽く投げる。奏岐はそれを胸元でギュッ、とキャッチした。 「今までお疲れ様でした。そろそろ、全てリセットしましょう」  リセット。今更後悔しても過去が変化することはない。なら、全部を更地にして、自分を楽にしてあげようか。  奏岐はマスターに一礼して、バーを出る。一人の男性が去ったことを告げるドアベルだけが、静寂の中で身を揺らしていた。  これで終わりだ。先程の店の前で、小袋を破き、錠剤を口に放る。もう迷いは無かった。その勢いに乗って水も口いっぱいに流し込むと、残量が二分の一になったペットボトルに、それのキャップをはめて時計回りに動かす。  次第に手がぴくり、ぴくりと痙攣し始める。それは上半身から下半身に伝い、やがて立つことが不能になると、奏岐は地べたに倒れた。  携帯のバイブのように震える身体だが、不思議と痛みや(つら)みは無かった。否、それ以上の何かに掻き消されていたのかもしれない。  薄れゆく意識と視界は、ただ灰色一色だった。……今思えば、どうやってここまで来たのか、何故ここに入ろうと決断したのか、どうして辺り一帯には、この店以外に何も無いのか。それすら分からない。  でもその理由など知らない、要らない。ここがどこでも良いから、神様お願いです、天国に行けますように。
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