君が届かなくて

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 桂里奈が風邪を引いた。お見舞いにチョコを買って行くと、桂里奈の母親に歓迎された。クラスでももっぱら俺たちは付き合ってるという噂なのだ。よくデートしてるし、しょっちゅう二人でいる。桂里奈も気を利かして、付き合っていると言うことにしといてくれてる。ホモセクシャルだと隠す俺に気を遣ってくれたのだ。 「ここが桂里奈の部屋ですよ」  思えば彼女のうちを訪れるのはこれが初めてかもしれない。扉の外から声をかける。 「桂里奈?いる?俺だけど」  中からくぐもった桂里奈の声が聞こえる。俺は「チョコ買ってきたんだけど中に入っていい?」と聞くと「だめ」と帰ってきた。 「祥太なに考えてんの。わたし頭ボサボサでノーメイクなんだよ。」 「…ごめん。扉の外にチョコ置いておくね。」  そうしてそっと離れて、お母さんのところに経緯を話してお暇した。  もう冬だった。外は刺すような冷たさだ。桂里奈が風邪を引くのも無理はない。俺はポッケに手を突っ込むと、秀明さんの自宅に向かった。 「おー、よく来たな。まぁ入れ。」 「秀明さん」 「ん?」  俺は玄関で靴も脱がずに秀明さんを見下ろした。 「秀明さん俺のこと好き?」  秀明さんの髪を耳にかけながら聞いてみると、秀明さんは笑った。 「ばか。好きじゃなかったら抱かないだろう」 「それはつまり、愛してるっていうこと?」 「…」  ああ、やっぱり黙られた。予想していた通りだ。 「秀明さんは俺のこと愛してない?」  秀明さんは俺を見上げながら、「…背、でっかくなったな。」  そうして、背伸びして口付ける。今度は俺が黙る番だった。 「そういうのでごまかさないで。」 「なにをだ。」 「なんで俺のこと弄ぶの。」  また黙る。 「俺もう子供じゃないからそれくらい分かるよ。」  秀明さんは気の抜けたように「そうか。」と言った。 「じゃあね、ばいばい」 「ああ。」  そうして俺と秀明さんは別れた。あまりにあっけない最後だった。忘れられるかと言われれば、それはもう絶対忘れられない。何日も何日も悩んで出した、答えだった。  俺のそばにはいつも桂里奈がいた。心の底から好いてくれた。俺が女は抱けないことを分かった上で、それでも俺を選んだ女。強いな、と思った。結局桂里奈の独り勝ちだ。  家に帰ってからスマホに電話が掛かってきた。 「なによ、このチョコに付いてる手紙」 「俺からの恋文」 「こんなふざけた告白の仕方しないでよ。高山さんはどうしたのよ。」 「別れた」 「は!?」  桂里奈は本当に俺を怒ってくれた。そうしてそれで付き合ってほしいなんて、馬鹿にしてるのかと問いただした。俺は笑ってしまった。桂里奈はぶれないな。涙が一つコロンと転がり落ちる。 「俺結構本気だったんだけどなぁ」  桂里奈が黙る。 「なんでだろうなぁ。」  そうしてから桂里奈は、知らんがなと言って電話を切った。  高山さんからの電話はそれ以来鳴らない。一生鳴らないのだろう。よくない、と思いつつスマホの電話帳に残してある。お正月に桂里奈から明けましておめでとうございます、と年賀状が届いて俺は慌てて返事を書いた。どうして俺は遊ばれたんだろう、と思うときもあるし、やっぱりガキなんて本気にしないよな、とも思う。ただあの日、高山さん…秀明さんが何度も夢中で俺の唇をむさぼりながら、服を脱がせ、肌に手を這わせた瞬間、やっと触れられたみたいに思い詰めた息を吐いていたのは、性欲のせいだけではないのを俺はよく知っている。恋を楽しんでたのだ、彼は。そうして俺を思って事務机で自慰をする日も、俺に会いたいと思う日も確かにあったのだと思う。秀明さんは嘘だけは付かなかった。最後まで。彼も寂しい大人の事情を抱えた男性だったのだ。褥で抱くとき、耳元で何度も「俺のこと愛してる?」と聞く癖も、時々俺を見上げる不安そうな瞳も全部本当だったのだ。  でもそれはもう思い出の中にとっておく。演技かもしれないし手口かもしれない。はたまたそういう演出だったのかも。桂里奈がいなかったら永遠に騙されていたままだったろう。本当の好きがここにある。桂里奈が俺の人生の指標になったのだ。俺は大分ほったらかしだった勉強を何とかしようと、机に向かった。大学には行かず働く気だったが、勉強はきっちりやっておこう、と改めて思ったのだ。これも桂里奈の影響かもしれない。  俺はいつまでも、思い出を舐めたままの子供ではいられない。
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