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妻
子供達の食事と風呂を終わらせ、そろそろ寝かせようという頃に玄関から妻のかすれた声が聞こえた。
「ごめんねー!今日は早く帰れるはずだったのに。」
「昨日よりは早いよ」
「でももう一週間夕飯任せっぱなしじゃん!ほんっとごめん!!」
「今忙しいのはわかってるから」
「ほんっとありがとね!」
妻は飾り気のない貴重品だけが入ったカバンを置くと、すぐに風呂に向かって汗を流し、烏の行水でダイニングに戻ってきた。妻が指定席に座るととたん息子は身を乗りだし、今日あったことを喋りまくる。妻の相槌も絶妙。
息子の活発さは母親ゆずりに違いない。
先ほどまで少し眠そうだった娘も妻には必ず話をする。
その後は妻が二人を子供部屋につれていくのが日課になっている。
俺も部屋に戻り、昼間は出来ない仕事にかかる。
妻は明るい。
よく笑うし気も利く。
俺と違って友達も多い。
夏場になると子供達の世話も家事も俺に負担がかかることを申し訳なく思ってくれている。なかなか叶わないが改善もしようとしているのだ。バイトさんの調整などもあり、そればっかりは彼女がどれだけ頑張ってもどうしようもない。
仕事部屋の入り口から話しかけられる。
「毎日二人連れてプールって大変でしょ?無理してない?」
「…そう…でも、ないかな…」
「そお?」
いつの間にか妻は俺のすぐそばに座っていた。
夫が他の女と寝ているとは微塵も思ってない彼女は、心底意外という表情で、少しかがんで俺の顔を真正面に見る。
寝巻にしているシャツから覗く胸はスポーツブラで、そういえば少し盛り上がっているかな程度の厚さしかない。
「…顔、赤くない?」
妻はそこまで勘のいい女ではないはずだ。頭もよくないと自分を卑下することも多い。
とすれば単純に俺の顔色だけを見ての言葉だろう。
「…日に焼けたのかな…」
「あー…」
見た目はそういう感じなのだろう。彼女は後ろめたさもあるのか少し黙ってから話題をずらした。
「無理だったらプール…毎日じゃなくてもいいよ?」
「でもたっくんが行きたがるし、なっちゃんも泳ぐの好きみたいだからな…。俺は大丈夫だから」
「ほんとに?…だったらいいけど…」
思いやりがあっていい妻だと思う。
こんな活発で気の付く優しい人が俺と結婚するまで男性経験がなかったと言うのだから不思議なものだ。
確かに見た目はあまり女性っぽくないと思う。
中学の頃はバレー部の主将で女子に騒がれていたという覚えしかない。
妻にないから、あの印象だけがこびりついているのか。
何度体を重ねても、声も顔も覚えられないあの女。
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